英国王立造幣局で“僅か2セット”のみ製造したと伝えられる日本貨幣史における国宝級の試鋳貨 | 泰星コイン<創業1967年>

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英国王立造幣局で“僅か2セット”のみ製造したと伝えられる日本貨幣史における国宝級の試鋳貨

2026年04月09日
 

目次

日本の近代貨幣の夜明け

明治維新とともに消えていったもの、姿が変わったものと言えば、何を思い浮かべるでしょう?

 

例えば、大名や武士の存在が制度とともに廃止され、刀や日本髪が姿を消し、洋装が進みました。貨幣の世界も同様で、その姿形は刷新されることとなりました。

 

嘉永6年(1853年)、米国からペリー一行が来航して以降、開国へ進む中、日本は貨幣制度の立て直しを要されます。明治元年、明治政府は香港の閉鎖された造幣局から鋳造機械を購入し、西洋式造幣技術を取り入れるため、元香港造幣局長ウィリアム・キンドルを造幣局長とし、その他技術者もヨーロッパから招聘しました。明治2年(1869年)、日本には当時洋式コイン製造のための技術がないとされ、彫刻家の加納夏雄(1828~1898年)一門により制作された雛型が英国王立造幣局へ送られ、首席彫刻師レオナード・チャールズ・ワイオンが極印の彫刻に携わりました。英国へ送られた雛型では、10円、5円、2円半の素材は金、1円から1/20円の素材は銀でしたが、英国王立造幣局では1円、半円は錫打ち、1/4円、1/10円、1/20円は白銅打ちで製造されました。なぜ一部の素材を変更したのか?その意図は明らかにされていません。

 

また、明治3年(1870年)に英国王立造幣局で製造された8種類の試鋳貨は、僅か2セットのみであったと伝えられています。明治政府が近代国家として貨幣の洋式化を確立する過程で試作されたものの、最終的に正式採用には至りませんでした。僅か2セットのみ製造したとされる内1セットは、英国王立造幣局博物館に所蔵されています。もう1セットは市場に出ており、泰星コインで2026年に開催するフロアオークションに出品されます。

 

8種類の試鋳貨セットは、日本貨幣史の転換点を体現する比類なき歴史資料であると同時に、現存数を考慮すれば、今後再び市場に現れる可能性は極めて低いと考えられます。西洋貨幣製造技術と日本伝統彫刻の美が融合したこのコレクションは、試作品の域を超え、貨幣史・美術品の双方において極めて高い価値を有する、まさに垂涎の逸品と言えるでしょう。

 

英国王立造幣局鋳造 日本 試鋳貨8種プルーフセット 明治3年(1870年)

 

①十圓試鋳金貨 ②五圓試鋳金貨 ③二圓半試鋳金貨 ④一圓試鋳錫貨 ⑤半圓試鋳錫貨 ⑥四分一圓試鋳白銅貨 ⑦十分一圓試鋳白銅貨 ⑧二十分一圓試鋳白銅貨
全8種類。

 

(泰星オークション2026出品商品は、全てPCGS(世界的に権威のある鑑定機関)のスラブに収められています。)

試鋳貨の製造を経て、初めて発行された近代貨幣は?

明治3年に日本で初めての近代貨幣として発行されたのは、(1)旧20円金貨(2)旧5円金貨(3)旧2円金貨(4)旧1円銀貨(5)旭日竜大型50銭銀貨(6)旭日竜20銭銀貨(7)旭日竜10銭銀貨(8)旭日竜5銭銀貨の8種類でした。

 

先述の8種類の試鋳貨のデザインは竜のモチーフは採用され、反対面の図柄は変更されました。額面も試鋳貨とは一部を除き異なる結果となりました。このような観点からも、8種類の試鋳貨はただの試鋳貨ではない幻のコレクションであることが伺えます。

 

試鋳貨とは

最後に、一般的な試鋳貨のご説明をいたします。新しいコインの発行に伴い、デザインがいくつか指定されて極印がつくられ、その極印を用いて既定の金属やその他の金属にも打刻され、極印と素材金属との調和の具合、デザインの細部まできれいに打刻されるか等を調べるために作られる見本の貨幣のことを指します。試し打ちという性質上、鋳造数は数枚~数十枚という限られた数であるため、人気のある国の試鋳貨は特にプレミアムが付くことが多いのが特徴です。

 

貨幣にはその時代背景や描かれた図柄に様々な意味が込められていますが、実際の流通貨や記念貨幣ではなくとも、限られた条件で製造される「試鋳貨」の魅力も感じていただけたらうれしいです。

著者 Author
yama
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