「〇〇〇〇〇」で5円不足?昭和生まれなら知っているあのブームが原因だった! | 泰星コイン<創業1967年>

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「〇〇〇〇〇」で5円不足?昭和生まれなら知っているあのブームが原因だった!

2022年06月01日
 

目次

あまりにも有名な「ギザ十」

子供のころ、祖父母の家にあった大量の10円の中から、エッジがギザギザな10円「ギザ十」探しに夢中になった記憶があります。以前はごくたま~に、お釣りでも「ギザ十」が混ざっていることがありましたが、見かける頻度が少なくなってしまいました。諸説あるようですが、ギザギザがすり減った「ギザ十」は劣化が原因で販売機などには使えなくなるため、「日本銀行が回収しているから減っている」のだとか。

 

結局のところ「ギザ十」のレア度はどうなのか?

 

実際には、趣味で集めている「ギザ十」マニアの人がいたというだけで、10円の発行枚数自体がとても多かったためレアな硬貨ではなかったようです。

そんな「ギザ十」ブームでも不足しなかった10円ですが、あることがきっかけで5円が不足したことがあったというのです。

 

今回は、その昔起きた5円不足の謎に迫ります。

あるブームがきっかけで5円玉が不足!

造幣局公開の資料によると、昭和61年に5円玉は113,960,000枚製造されましたが、昭和61年の年末ごろから“なぜか”5円玉の需要が増えだし、一定数量確保されている日本銀行の保管高までもが減少し始めたことがあったそう…。

 

そこで、製造元の造幣局では製造量を増やし、昭和62年は一気に約5.5倍の631,775,000枚を製造して、市中の5円不足に対応したというのだから驚きです。5円不足の原因はハッキリしていませんが、その頃始まったと言われるあるブームが関係しているのではないか…といわれています。

 

さて、そのブームとは…?ヒントは、昭和生まれなら1度は目撃したことがあるアレです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

答えは、「五円玉手芸」でした!

 

 

 

ギザ十ブームでさえ不足しなかった10円玉が、亀や宝船で5円玉が不足するなんて相当なものですね…。

 

昭和生まれとしては、この亀や宝船は物心ついた時から既に日常に馴染んでいたので深く考えたことがなかったのですが、令和になった今振り返ると、どうしてあれが流行ったのか!?何とも言えない不思議な感情が湧いてきます。

 

*5円玉のトリビア*

 

5円玉は、昭和24~33年発行のものは刻まれている文字の書体が「楷書体」、昭和34年以降は「ゴシック体」なんです!

 

昭和24~33年発行5円「楷書体」(通称:フデ五)

 

昭和34年以降発行5円「ゴシック体」

 

昭和26~33年に製造されていた「ギザ十」と「フデ五」は、同じ頃に製造されていたのですね。ふと、お財布を確認したところ…手持ちの5円玉はすべてゴシック体でした。令和で「フデ五」に出会えたらかなりラッキーなのかもしれません。

今は1円玉がレア!?

ここ数年、1円玉がほとんど製造されていないことはご存じでしょうか。

 

平成23~25年に発行された1円玉は、ミントセット向けのみで、一般流通用には製造されませんでした。理由は電子マネーの普及等により需要が減少したためといわれています。

 

その後、平成26年に消費税8パーセント引き上げに伴って、一般流通向けの製造を再開しましたが、平成28年以降、ミントセット向けを除き再び製造を休止しています。

 

なんと令和元年は502枚、令和2年は528枚しか製造されていないのです。

 

毎年発行されているミントセットには1円玉が含まれているので、確実に手に入れたい方は通信販売や催事での購入などがおすすめです。

 

▼日本貨幣商協同組合HP 催事情報(外部リンク)
https://www.jnda.or.jp/category/event

レアなお金は値打ちがあるの?

昔使われていた古いお金や、「ギザ十」など、今では見かけない珍しい硬貨(お金)は「***円の価値がある!」などうたっていることがありますが、コイン収集業界では残念ながら「東京オリンピック1000円銀貨」「エラー銭」以外は額面通りのお値打ちしかありません😓

 

キャッシュレスが進むこのご時世に「珍しいお金を見つけた!」という思い出として、大切にお持ちください。

著者 Author
昭和の生き残り