ウルトラマン55周年記念コイン連動企画 スーツアクター 古谷 敏さん 特別インタビュー |

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ウルトラマン55周年記念コイン連動企画 スーツアクター 古谷 敏さん 特別インタビュー

2021年07月21日
 

目次

はじめに

あのエヴァンゲリオンの庵野秀明監督からも崇拝される、初代ウルトラマンを演じた伝説のスーツアクター、古谷敏さん。泰星コインでは今回のウルトラマン55周年記念コインの発行にあたり、特別企画として、古谷さんにインタビューを行い、ウルトラマン撮影時の貴重なエピソードから、記念コインの感想まで、大いに語っていただきました。特別な金・銀貨にさらなる輝きを与える、レジェンドの裏話の数々をどうぞお楽しみください!

 

◆ 古谷 敏 (ふるや びん)

1943年、東京生まれ。1960年、東宝撮影所に第15期ニューフェイスで入社。1965年、『ウルトラQ』のケムール人役をきっかけに、翌年スーツアクターとして『ウルトラマン』の主役ヒーローを演じる。続く『ウルトラセブン』にはウルトラ警備隊のアマギ隊員として出演。著書に『ウルトラマンになった男』(小学館)がある。

 

 

円谷英二氏の言葉を心の支えに

―― 今年「ウルトラマン」が55周年を迎えました。いまのお気持ちをお聞かせください。

 

55年前に生まれたウルトラマンは、生みの親である円谷英二さんの言葉に象徴されると思います。「ウルトラマンは子どもたちに夢を与えるんだよ」。その一言でウルトラマンは成り立っているんです、僕の演技にしても何にしても。この55年、その言葉を心の支えにしてウルトラマンを演じましたし、自分で会社を作ったときも“子どもたちに夢を”というテーマで取り組みました。この言葉はずっと自分のなかで続いていますし、死ぬまで大切にし続けるつもりです。最近、海外でも特撮の話をしていますが、北米・中南米のいろんな都市に呼ばれるなんて、55年前のウルトラマンのおかげです。

 

 

―― 55年経ったいまも人気が続いている理由については、どうお考えでしょう。

 

映画が総合芸術といわれるように、ウルトラマンもまた、カメラマン、照明、美術、宣伝などのスタッフ、それからキャストがいて、それらすべての人が協力しあって作られるわけです。ウルトラマンが名作としていまだに残っているのは、誰か一人の力ではなく、みんなのおかげ。さらに、先人たちからの恩恵、シリーズを続けてきた円谷プロダクションという素晴らしい会社があってこそだと思います。その辺り、子どもたちにも「何も一人じゃできないんだよ」ということが伝えられたらと思いますね。それがウルトラマン55周年を迎えた僕の気持ちです。

 

 

―― 最初、スーツアクターという仕事に乗り気でなかったとお聞きしています。

 

僕は俳優ですから、オファーがあったときは、ぬいぐるみに入るなんて頭にないので、最初は「いいですよ、やります」と軽く返事しましたが、実はぬいぐるみに入る役だと聞き、いったんはお断りしました。いまでこそ“スーツアクター”という素晴らしい名前ですが、当時は“ぬいぐるみ役者”と呼ばれるような立場だったんです。

 

 

―― 結果的に引き受けられたわけですが、翻意された理由は何だったのでしょう。

 

一つは時代の流れです。当時、映画が全盛期から斜陽の時期に入り、一方でTVが伸びていたという転換期で、僕は東宝撮影所の専属俳優でしたから、会社にやれと言われたら断れない。そして、デザインを担当された成田亨さんからウルトラマンの平面の絵を見せてもらい、「これが立体になったときに美しさを出せるのは古谷敏しかいない」と、一週間以上口説かれたのも大きかったですね。ずいぶん悩みましたが、最終的には“お婆ば”と呼んでいる祖母の「そんなに人から求められているなら、やってみれば」という一言で、覚悟を決めて引き受けました。

 

映画俳優として顔が出ない葛藤

―― 役を引き受けてから、実際の撮影に入るまでに不安などありませんでしたか?

 

ぬいぐるみに入ることの過酷さは、大先輩であるゴジラの中島春雄さんから聞いており、やると決めてからは二つの不安がありました。一つは肉体的な面。僕は宝田明さんの映画に憧れ、メロドラマに向かっていたので、時代劇やアクションといったものは得意ではなかった。ですから、“ウルトラマンは敵と戦う”と聞いて、「僕はスタントマンでもないし、アクションはできないから無理です」と言ったんです。すると、スタッフから「大丈夫だよ、特撮ってのは、カメラや照明、セットもミニチュアがきれいに作ってあって、周りが全部やってくれるから、敏ちゃん、立っているだけでいいから」と言われ、そんなものかと思いました。いざ撮影がスタートしたら、“騙された”と(笑)。もう一つは精神的な面。映画俳優として顔が出せないなんて、そんなことはあり得ないわけですから、すごい葛藤がありましたね。

 

 

―― ウルトラマンを演じていくなかで心境的な変化はありましたか?

 

何もしなくてもいいはずの仕事が、水は使うわ、火薬は使うわ、炎で全身が火傷しそうなぐらい暑いわ、擦り傷、打ち身、軽い捻挫も絶えず、病気しても代わりがいないので注射して撮影に行かなければならないというあまりにも過酷な日々でした。1クールの終わり頃、“これは命懸けでないとできない”と思い、撮影が進むなかで、“ウルトラマンが主役と言われても、こんなに苦労して一生懸命やっても、結局は顔が出ないじゃないか”と、日に日にめげていきました。肉体的にも精神的にも限界を感じ、「もうこれ以上やっても意味がないのでは?」と、お婆ばに相談したら「自分の生きる道だから自分で決めなさい」と言われ、役を降りることを決意してバスに乗りました。

 

 

―― 降りなかったのは、どんな理由からでしょうか?

 

そのバスに途中から男の子が4人、ウルトラマンの話をしながら乗ってきたんです。「ウルトラマンってカッコいい!」、「怪獣もいい!」、「こんな面白いTV初めて!」と、目を輝かせて話している彼らを後ろの席から見ていて、「そんなにウルトラマンってカッコいいかい?」「ウルトラマンは、僕がやっているんだよ」と言いたくなったくらい、自分のなかに熱い思いが湧いてきました。そのとき「あっ、円谷英二さんが言っていたのは、これだ!子どもたちに夢を見せてあげるって、このことなんだ!」と。“それなら、僕は俳優として続けていかなきゃいけない”と、役を降りるのをやめたわけです。古谷ウルトラマンのターニングポイントといえる出来事でした。ウルトラマンと古谷敏は、子どもたちに助けられたんです。それからは心を入れ替えて子どもたちに夢を見てもらうために、死にものぐるいでウルトラマンを演じましたね。

 

 

―― スーツのなかはどんな様子だったのでしょう。

 

撮影前、実はウルトラマンが着るのは、月光仮面のような普通の布タイツだと思っていました(笑)。ところがウエットスーツ。ゴムの採寸をして作ったスーツを着て、いざ撮影となると、マスクのなかで汗が出て目に入るのが辛かった。タオルを巻くなど工夫もしましたが、マスクを着けてチャックを頭まで締めたときに僕はウルトラマンになるわけですから、辛くても気持ちを切り替えました。とはいえ、マスクの穴は、口のところに薄く一つ、目に二つ空いているだけで、呼吸が苦しい。しかもウエットスーツで全部閉じられるので皮膚呼吸もできません。撮影の間、汗が滴ってきて靴のなかに溜まる。そんな悪条件でしたが、僕は愚痴をこぼしませんでした。お婆ばから「自分が苦しくても、ほかの人は仕事をしているのだから、嫌な顔を見せたり、嫌な態度をとったりしてはいけません」と戒められていましたから、撮影現場で声を荒げたり、嫌な雰囲気にすることは一切していません。それは自慢でもあり、俳優としての意地でもありました。いろんな写真を見ても、マスクを外した僕の顔はいつも笑顔でいるはずです。

演技者から見たマスク3タイプの違い

―― 今回発行されたウルトラマン55周年の記念コインの一つに、古谷さんが撮影中に使用された3タイプのマスクをモチーフした銀貨があります。それぞれのマスクに関する想い出等をお教えください。

 

3種類のマスクは、どれも僕のライフマスクから取ってある同じ寸法なので、撮影している間は特にA、B、Cとか意識はしませんでしたね。A、B、Cという呼び名は後付けですから。Aタイプでは、当初ウルトラマンはしゃべる設定でしたから顔が動き、唇も動くように設計されていて、顎のところは全部ラテックスでした。当然、僕のライフマスクですから、顔にフィットしていましたが、なかは配線がいっぱいで光っていて見えず、視界はほぼゼロ。本来は目のところだけ透明なアクリルを使う予定だったのですが、制作者が撮影当日に未完成の目のまま持ってきたので間に合いませんでした。仕方なく、成田さんが「仮面に傷を付けさせるんじゃないよ」と嘆きながら、僕の目の位置に合わせて穴をくり抜いてくれたのを憶えています。おかげでいくらか見えるようになりましたが、それでも真っ直ぐしか見えず、横は体ごと動かさないと見えないという状況でした。

 

第1〜13話で使用されたAタイプ

 

 

―― Bタイプになって、その辺は改善されていましたか?

 

Bタイプのマスクが好きなファンも多いですが、Bタイプになって着心地や動きやすさは、むしろ悪くなりましたね(笑)。Bタイプのマスクは材質が固くて表情が出ないんです。Aタイプで何気ない表情を表現できていたのが、Bタイプだと演技していてもいつも同じ表情で、それが辛かった。スーツにしても、その頃、僕は体重が60キロを切って痩せていたから詰め物を入れることになり、身体がモリモリになって皮膚の感覚がわかりづらく、僕が筋肉に力を入れても伝わらないというのはありました。それが非常に嫌でしたね。

 

第14〜29話で使用されたBタイプ

 

―― Cタイプはいかがでしたか?

 

Cタイプは、いまも継承されている非常にオーソドックスなマスクで、円谷プロが公式で使っているタイプです。Bタイプが表情が出なかったのに対し、Cタイプは表情が出ました。僕の頭の下げ具合や、背中の丸め具合の何気ない角度によって表情が変わっていくんですよ。ですから、いま公式のCタイプがウルトラマンを代表するマスクとしては一番良いのではないでしょうか。ただ、個人的には、自分に一番フィットしていたAタイプのマスクが良いという想いはあります。スーツにしても詰め物はないし、身体にフィットして自分の動きが即伝わり、自分の皮膚の一部として演技ができたという感覚がありましたね。最初のAタイプは、全部がそのままの僕でした。

 

第30〜39話で使用されたCタイプ

 

ウルトラマンファンにとって宝物になるコイン

―― 今日、ウルトラマン55周年の記念コインを初めてご覧になって、どんな感想を持たれたでしょうか?

 

発行されることは知っていましたが、実際こうやって手にとって見てみると、金貨も銀貨も、両方とも“想像よりとてもきれいだな”というのが第一印象です。こんなカッコいいデザインになるとは思っておらず、凄く良い仕上がりです。金貨は、これまでのコインにはない変身ポーズのデザインが、非常に素晴らしい。純金の光といい、色といい、本当に美しい。高価だから手を出しにくいかもしれないですが、いっぱい売れるといいなぁ(笑)。

 

 

 

―― カラー銀貨は、ウルトラマンの歴代マスクをすべて採用したデザインです。

 

ABCの3タイプが並んでいるのは非常に珍しい。見た瞬間、えっ?という驚きがありました。3種類全部に光を当てたのは凄いアイデアだなと思います。この3種類のウルトラマンすべてに僕が入っています(笑)。55年前にスペシウム光線の形を作ったときの感慨が蘇ってくるデザインです。実はこのCタイプの写真は、ちょっとした僕のミスがあります。カラータイマーが半分隠れているんですよ。当時は、クロスした手はカラータイマーの上に出す、右手は耳に被ってはいけないという僕自身が決めたルールがあって、ウルトラマンをカッコよく見せるため毎日鏡を見て練習したものです。いまもトイレに行って鏡があると、習慣的にやって確認します(笑)。それぐらいスペシウム光線に対する愛着は強い。僕は死ぬまでスペシウム光線の形を追求していくと思います。

 

 

―― 最後に、コイン収集家、ウルトラマンファンに向けてメッセージをお願いします。

 

ウルトラマン55周年を迎え、今回ウルトラマンファンの皆さんにとって、素晴らしいコインができました。ウルトラマンと同じように輝いて見える純金のコイン、そして僕も初めて見た3タイプのマスクが一同に集まる銀貨、どちらもファンにとって宝物になると思います。僕からも強くお勧めいたします。

 

―― ありがとうございました。
 
 

 
 
(取材・構成:藤田克宏)
 
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