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天才ジョン・レノンの偉大さをコインに表現
1980年12月8日。世界中を熱狂させたロック・バンド「ザ・ビートルズ」の中心メンバー、ジョン・レノンが、ファンを名乗る男の凶弾に倒れました。享年40才。もうあれから30年の歳月が流れたことになります。生きていれば70才を迎えていたはずのジョンの没後30周年にあたる年に、彼の功績を称えた記念貨が発行されました。

そもそも本記念貨が発行されることになった経緯は、英国王立造幣局で2010年に行われた「Your Great Briton(偉大な英国人)」という人気投票企画に始まります。この企画は、人気投票1位になった人物の記念貨を発行するというもので、2010年7月には、英国の歴史上有名な人物6名に候補が絞られました。その最終候補者の中から1名を選ぶ投票が行われ、応募総数30,267票のうち、27,874票と、全体の92%の票を集めたのがジョン・レノンだったのです。

この5ポンド白銅貨には、ジョン・レノンの肖像、その横に彼が愛用したギターの弦の一部が描かれています。

少年時代からビートルズへ
1940年、英国の港町リバプールに生まれたジョン・レノンは、両親の愛を知らないまま幼年期を過ごしました。学校ではいつも喧嘩ばかりの問題児だったジョン。そんな彼を救ったのは、当時流行していたエルビス・プレスリーなどのロックンロールでした。その影響を受け、10代後半には既にポール・マッカートニーやジョージ・ハリソンと共に、ビートルズの前身となるバンドを作って活動していました。1962年にリンゴ・スターを迎え、レコードデビュー。20世紀最大のポップグループといわれるビートルズは、その後、1970年の解散まで、数々の大ヒット曲、傑作を連発し、世界中で爆発的な人気を得ました。ジョンは、紛れもなくビートルズの創設者であり、20代をそのバンドの中心として駆け抜けたのでした。

ジョン・レノンと日本の関わり
ビートルズ時代から内省的な曲を書くことが多かったジョン・レノンの作風は、解散後のソロ活動では愛や平和、反戦のメッセージ色が濃くなっていきます。実際に平和運動家としての活動も多く行いました。
そんな彼に影響を与えたのは、前衛芸術家の妻オノ・ヨーコでした。日本人が妻ということもあり、ジョンと日本の関わりは深く、彼が音楽活動を休んでいた1970年代後半は頻繁に日本を訪れ、軽井沢などに長期滞在していたといわれます。作家の奥田英朗はデビュー作『ウランバーナの森』で、音楽活動を再開するまでのジョンの軽井沢での暮らしをモチーフとする物語を書いています。彼の日本での生活に興味がある方は一読されてみるのも一興かもしれません。

1980年、ジョンは5年振りのアルバム『ダブル・ファンタジー』を完成させます。ジャケットを飾る有名なジョンとヨーコのモノクロ写真は、篠山紀信の撮影によるもの。

そして、ジョンはこのアルバム発売の数週間後、自宅アパート「ダコタハウス」の前で銃撃され死亡しました。現在でもジョン・レノンは多くのミュージシャンからリスペクトされ、彼の作品に込めたメッセージは人々に感動を与えています。


ジョン・レノンの自宅アパートだったダコタハウス
ジョン・レノンの自宅アパートだったダコタハウス



     
ジョンレノン没後30周年記念コイン


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