ペリー率いる黒船来航から5年後の1858年、日本は6月19日の日米修好通商条約をはじめとする欧米各国との条約に相次いで調印し、鎖国の幕を閉じました。フランスからは、日本に初めて派遣されたジャン=バティスト・ルイ=グロ男爵が、ナポレオン3世の任命を受けて通商条約の全権公使として親書を幕府に提出、同年10月9日(旧暦9月3日)に『日仏修好通商条約』が締結されました。
その後、日本はフランスの最先端の技術者や科学者を指導者として次々に招聘、軍事力整備や横須賀製鉄所建設などに貢献したフランソワ・ヴェルニーや富岡製糸場に力を注いだポール・ブリューナなどいわゆる“お雇い外国人”によって日本の近代化が急速に進みました。一方、1867年のパリ万国博への日本初出展で、日本の陶器、漆器、浮世絵などがジャポニスムとしてフランスの人々を魅了し、特に浮世絵は、写実主義、古典主義からの変革期にあったフランス美術界に大きな衝撃を与え、印象派の礎となりました。また、多くの日本人芸術家が芸術の都パリで研鑽を積み、高く評価され、日本の洋画界が大きく飛躍しました。 |
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近年は、フランスが誇るワインやファッションの日本での人気はもちろん、さらにサッカー日本代表元監督のフィリップ・トルシエ氏や日産自動車社長カルロス・ゴーン氏などスポーツや経済など多くの分野での関係が深まり、フランスではアニメブームや日本食人気が高まり、パリに回転寿司が登場するなど、市民の日常のあらゆる場面で垣根のない交流が広まっています。
1637年 ドミニコ会司祭ギヨーム・クルテ、九州上陸(フランス人として初めて来日)
1858年 日仏修好通商条約締結 (ナポレオン3世の命を受けてジャン=バティスト・ルイ=グロ男爵来日)
1864年 最初の仏和辞典「仏語明要」刊行
1865年 仏海軍技師フランソワ・ヴェルニーの指導で横須賀造船所建設開始
1867年 パリ万国博覧会に日本参加 陶器、漆器、浮世絵などジャポニスム(日本趣味、様式)が流行
1868年 明治維新、仏軍事使節の一部は幕府派を支持
1870年 パリに日本公使館開設
1872年 生糸検査人ポール・ブリューナによって官営富岡製糸場が操業開始
1911年 日仏通商航海条約締結
1933年 仏政府給費留学生制度による最初の日本人留学生出発
1963年 日仏通商条約締結
1974年 ダ・ヴィンチの「モナリザ」がルーブル美術館より来日 東京国立博物館にて日本初公開
1982年 ミッテラン大統領訪日(仏大統領として初めて)
1994年 天皇皇后両陛下フランス御訪問
1997年 パリ日本文化会館開館
2005年 シラク大統領訪日、「日仏新パートナー宣言」発表
2007年 安倍総理大臣訪仏
※2008年日仏交流150周年ロゴマークについて
2008年、日仏交流150周年を記念して、両国政府は外交・文化・科学・友好都市の交流等あらゆる分野で多彩なイベントを行います。そのシンボルとなるロゴマークを、日仏交流150周年ロゴマーク選考委員会が一般公募の中から選出しました。公募は両国の外務省、在フランス日本大使館、在日フランス大使館、関係機関・団体の各ホームページで発表され、日本とフランスから716作品の応募がありました。
採用されたのはパリ在住のグラフィックデザイナー、クレール・ポーム氏(Claire Paumes)の作品です。
このロゴマークは、日本を象徴する「着物」とフランスを象徴する「エッフェル塔」を調和させ、日の丸とフランス国旗の青・白・赤を配色したものです。 |
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フランス国立造幣局(モネ・ド・パリ)
フランスの貨幣鋳造の歴史は、貨幣関係事業を統合したシャルルマーニュ大帝の時代、9世紀にさかのぼります。その後ルイ15世の提唱により、約6年の歳月をかけてパリ中心部、セーヌ河畔にあるコンティ館に建設された造幣局が1775年に完成、1879年には現在のコイン・メダル庁が発足しました。これにより、貨幣製造権は最終的に国家によって独占されることになりました。
1973年フランス政府はジロンド県ペサックに最新鋭の工場を建設し、金属鋳造から最終パッケージの製造に至るまで、貨幣の全工程を集約すると決定しました。以後、25年以上にわたり、フランスの貨幣はこの工場で鋳造されています。1998年春にはこの工場に大規模な資金が投入され、2002年までの間に8種類90億枚のユーロコインの鋳造を行いました。
2007年1月1日、モネ・ド・パリは、EPIC(国営通商産業公社)となり、フランスの全流通貨幣の製造、ユーロ偽造コインの撲滅を目指して国家のために保証マークを制作するとともに、貨幣博物館の管理を行い、コレクションを一般社会に紹介することが任務の一部となっています。