【デザインと解説】 ※画像は実物大ではありません
<金貨3種セット>
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<銀貨3種セット>
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● 裏面(金貨/銀貨共通)
物語に初めて登場する正装した「星の王子さま」は、砂漠に不時着した「ぼく」があとになって書き上げた「一番上出来」の肖像です。この最も象徴的な王子さまの背景に<60>と大きく描いた60周年記念のロゴマークを、すべてのコインの共通裏面デザインに使用しています。下部には額面と発行年銘が刻まれています。
● 表面
<王子さまの生まれた星>
王子さまが住んでいたB-612番の小惑星とそこにたたずむ王子さま。バオバブの木や小さな火山があり、椅子を動かせば1日44回も日暮れを見ることができるとても小さな星。星に咲く一輪のバラとの関係は王子さまが旅立つ動機になり、物語の核心とも言えます。世界中の多くの本が表紙に採用している挿絵です。
<1>50ユーロ金貨

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<4>1-1/2銀貨

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<草の上の王子さま>
地球にたどり着いた王子さまが五千ものバラの花たちと出会い、自分が故郷の星に残してきたバラはこの世にたった一つのめずらしい花だと思い大切にしていたけれど、実はありふれたバラだったことを知り、草の上でつっぷして泣いています。
<2>20ユーロ金貨

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<5>1-1/2銀貨

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<王子さまときつね>
王子さまはきつねと出会い、癒され、故郷の自分のバラがかけがえのない大切な存在であると気づかされます。肝心なことは心で見ないと目には見えないことを教えられ、バラとの約束を守るため故郷の星に帰って行きます。
<3>20ユーロ金貨

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<6>1-1/2銀貨

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■「星の王子さま」について
『星の王子さま』は、1943年にサン=テグジュペリの亡命先アメリカで初版が発行されましたが、1944年7月31日、飛行機操縦士でもあった彼が偵察飛行に乗ったまま消息を絶ち、遺作となってしまいました。
その後、1946年に彼の祖国でフランス版が発行されました。
子供から大人まで広く愛され、翻訳言語は約140種、累計販売数8千万部以上を数え、全世界で聖書に次ぐベストセラーと呼ばれています。
日本においても1953年に岩波書店が内藤 濯氏の翻訳で初版を販売して以来、約800万部が売れ続けています。
この内、2005年に著作権が失効したことにより多くの新訳本が出版され、この一年間だけでその販売数は約100万部にのぼります。ミュージカルも上演され、また、世界唯一の「星の王子さまミュージアム」が箱根にあるなど、日本では根強い人気とともに新たなファンも増え続けています。
空に消えたまま現在に至るサン=テグジュペリと彼が残したメッセージは多くの謎に包まれ、さまざまな光を放つ言葉のひとつひとつが、今なお世界中の人々の心をとらえて離しません。
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アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ 略年譜
| 1900年6月29日 |
リヨン市で5人兄弟の第3子(長男)として生まれる。 |
| 1904年 3月 |
父が急死。母方の祖父所有のラ・モール城に身を寄せる。その後、母方の大叔母の所有地サン=モーリス城で幼少期を過ごす。 |
| 1909年 |
ル・マンに転居し、父の母校でもあるノートルダム聖十字学院に入学。厳しい寮生活を送る。 |
| 1912年 |
夏休み、サン=モーリスに近いアンベリューの飛行場で初めて飛行機に乗る。 |
| 1915年 |
スイスの寄宿学校、聖ヨハネ学院に転校。ここで文学に目覚めバルザック、ドストエフスキー、ボードレールなどを読みふける。 |
| 1919年 |
海軍兵学校の筆記試験を通過するも2次の口述試験に失敗。パリ美術学校建築科自由聴講生となる。 |
| 1921年 |
2年間の義務兵役でストラスブール第2航空隊に入隊。その後、民間飛行免許を取得する。 |
| 1922年 |
フランス イストル空軍基地に転属。軍用機操縦免許を取得。 |
| 1926年 |
文芸誌『銀の船』に短編小説「飛行士」を執筆。10月 航空郵便ラテコエール社に入社。 |
| 1927年 |
定期飛行郵便線のパイロットとなる。その後、サハラ砂漠の飛行場中継基地の主任として赴任。そこで「星の王子さま」のキツネのモデルである“フェネック”を飼う。 |
| 1929年 |
フランスに帰国。「南方郵便機」を出版。 |
| 1931年 |
コンスエロ・スンシンと結婚。「夜間飛行」を出版してフェミナ賞受賞。 |
| 1935年 |
映画脚本「アンヌ・マリー」が完成。愛機シムーン号でバリ?サイゴン間の夜間飛行記録更新に挑戦したが、リビア砂漠に不時着。遊牧民に救われ奇跡的な生還をする。 |
| 1939年 |
「人間の大地」出版。アカデミーフランセーズ賞受賞。第二次世界大戦が勃発し長距離偵察飛行を任務とする33-2偵察部隊に配属される。 |
| 1940年 |
「人間の大地」が全米図書賞受賞。フランスがドイツに降伏。動員解除後アメリカ(ニューヨーク)に亡命。 |
| 1942年 |
「星の王子さま」執筆開始 |
| 1943年 4月 |
「星の王子さま」が北米で出版される。北アフリカのアルジェに渡り、飛行偵察隊に復帰。 |
| 1944年 7月31日 |
コルシカ島のボルゴ基地からフランス上空の偵察飛行に出撃後、消息を絶つ。 |
| 1945年 9月20日 |
バスティアの裁判所により死亡認知。 |
| 1946年 |
フランス版「星の王子さま」発刊。 |
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■フランス最後の50フランのデザインは「星の王子さま」
1992年にフランスで発行された50フラン紙幣は、表面にサン=テグジュペリの肖像や星の王子さまが描かれています。物語に登場するモチーフ「火山」「花」「ぞうをのみこんだうわばみ」「ヒツジ」、そして砂漠を飛ぶ飛行機もちりばめられ、まさに「星の王子さまの世界」そのものです。夢あふれる紙幣として、2002年にユーロ紙幣に変わるまで国民に愛されました。
フランス国立造幣局 (モネ・ド・パリ)
フランスの貨幣鋳造の歴史は、貨幣関係事業を統合したシャルルマーニュ大帝の時代、9世紀にさかのぼります。その後ルイ15世の提唱により、約6年の歳月をかけてセーヌ河畔にあるコンティ館に建設された造幣局が1775年に完成、1879年には現在のコイン・メダル庁が発足しました。
200年以上の歴史をもつモネ・ド・パリでは、鋳造、鍛造いずれも選りすぐりの技術者による手づくりで、メダルをはじめ、記念コイン、勲章、各種装身具などの製作を行っています。
その品質を保証するために、すべての記念コイン、メダルにモネ・ド・パリの識別マークと刻印工場長の識別マークが刻印されています。現在の刻印工場長(ユベール・ラリビエール/2003年7月1日?)のマークは、彼の名前にちなんでフレンチホルン(狩猟の守護聖人ユベールを象徴する狩猟ホルン)と波(ラリビエールは「川」の意)、そして彼の星座(双魚)から魚のシルエットを組み合わせたものです。
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