尚掲載は1ヶ月ごとに2名〜3名様の掲載を予定しておりますので何卒ご了承ください。
三年程前でしょうか。沢山溜まった切手を処分することとなり、一枚五円の手数料を支払い五十円葉書二万枚、百万円分と交換し、その足でコインショップで現金に換金しました。その差額は大変なマイナスとなったわけです。未だ十円以下五十円以下の切手は持っているものの、今は切手の購入を控えているところです。
十一年程前から海外旅行を始めまして37〜8回、国別で24〜5ヶ国でしょうか、その都度その国のコインと紙幣を収集しました。そんな中での泰星コインさんとの出逢いでした。見るもの見るものみんな驚くべく新鮮さを感じるものばかり今までに見たことのない未知の世界に思いました。しかし次から次へと購入する余力がありません。低価格の銀貨から入り、なかなか金貨に入れぬままの仲間入りさせていただいております。
現行コインはコインブック八部ほど持って収納しております。又地域のコインショップと連絡取り合って、オークション参加し日本の古銭にもチョッピリ手を出しております。老齢の域に入った私、海外旅行とコイン収集をしながら、今一人しか居ない孫が大切に守ってくれるだろうか?心配しながら楽しんでいるところです。
【コメント:泰星コイン 根本】
この度はご投稿有難うございました。
25カ国もの国を旅行されたとのことで、現地でコイン収集出来るのは素晴らしいですね。
また旅行された際に、素敵なコインに出会いましたら是非お教えください!
今後も様々な国のコインを紹介して参りますので宜しくお願い致します。
私の兄(長男)は二十年も年上の一ツ橋大学生のインテリでとても近づけない人でした。が、ある日私の友人近所の悪ガキとつるんでサントリーバーでベロンベロンになってる所へあの秀才が入って来るとは夢にも思いませんでした。友人が私の顔を張ってお兄さんだ早く起きろと言って兄に向かって友人がペコペコ私の代わりに謝っていましたがややあってお勘定の場になって皆さんの分は全部済んでいますと言われた時にはヤラレたと思った昭和39年の正月兄は日赤で最後のお別れ手紙を手渡して眼を閉じた・・・・兄嫁さんは兄の蔵書4万冊等持って実家へ帰った。
ガラーンとした兄の部屋の角に平べったい木の箱があった。開けてみると円銀明治三年から大正三年までと五拾銭銀貨明治から昭和13年まで木枠にきちんと入って小さな紙に後は自分で集めろよ亘へと書いてあった。またしてもヤラレたと・・・・オリンピックの千円銀も見ずにアノ世へ行ってしまった兄の為に私も昭和39年から新宿の駅ビルにあった泰星コインの会員になってから色々とキライな勉強?もやって今日に至る。
【コメント:泰星コイン 山下】
この度はご投稿有難うございました。
コインは様々な人の手を渡って今の私たちの手元に存在しています。
自由人様の収集のきっかけもいまお持ちのコインの歴史の中の1つに刻まれているんですね。
今後もどうぞ宜しくお願い致します。
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