そして、誰にも慣れ親しんだ記念銀貨か登場したのは、それから約6年程経過した昭和39年の”東京オリンピックの記念銀貨“でした。百円
,千円の二種類が発行され、千円銀貨の大きさは、明治時代に発行された龍一円銀貨よりも一回り小さく、ごく最近まで記念銀貨の王座の位置を締めていた。そして、通常貨幣の中で発行数の少ない二種類の貨幣がある。昭和39年発行の“稲百円銀貨”と昭和35年発行の“菊50円ニッケル貨”である。いずれも発行枚数一千万枚以下である。特に“菊50円ニッケル貨”は、その発行枚数の少なさから、一時期、異業種の企業による投機の対象となったと聞いている。
私にとって、コイン収集のスタートとして、千円銀貨、百円銀貨、五十円ニッケル貨を入手することであった。現在では、他のコインに追い越されあまり目立たない存在となった、この三種類のコインが当時のビギナー収集家の憧れの的であったと思う。そして、そのコインを切り口として、他のコインへの興味の幅が広がっていった。銀貨から、明治・大正の銀貨へと幅を広げ、そして、東京オリンピック以降に続々と発行される記念貨を追いかけ、更に、通常貨幣全般、外国発行貨幣、江戸以前の貨幣等へと拡大した。
只、資金に限度がある為に、或る程度趣味の範囲を限定しなければならい。そして、趣味を完遂する上で大切なもののひとつに、同じ趣味を持つ“友”を作ることである。しかし、これは中々難しい。私は、その友を“本”に求めた。
今は、所在不明となってしまったが、一冊の本がコイン収集の“いろは”を伝授してくれた。

その本を何度も読み返し、収集幅の絞り込み、収集時の失敗談、成功談等収集の際参考となる情報を教えてくれた。当然であるが、“質より量”を求めた時代である。“どれだけの枚数を収集した”かが、喜びの対象であった。そして今は、“量より質”を重んじている。それは、大半の収集家が歩むであろう道程であると思う。今迄に収集したコインを眺めた時に、それを入手した時の私だけの時代背景か蘇ってくる。
|