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コイン収集の魅力 Archive

【新設】コイン収集の楽しみとお知らせ


<重要なお知らせ>

BLOGのコメントですが、スパムが大量に
送られてくる為、コメント受付注視にしております。
誠に恐れ入りますがご了承ください。

 

こんにちは!泰星コインのモッチーです。
ご無沙汰しております!


先日、普段会社で使用している、撮影用のイチデジが壊れました。

といっても、かなり使いこんでいたので寿命だ~。
と言っていたら隣の部署のカメラも壊れてしまいました。

これを機に、新しいカメラを買おう!
とワクワクしながら最新機種のイチデジを見て調査していた所、

2つとも同じ機種なので、レンズか本体の組み合わせで
1台は復活するんじゃ!?となり・・・・

 

な ん と!!!


ボディとレンズちぐはぐで1台復活しました。チーン

しばらくまだこの古いイチデジとの縁は切れなそうです(´・_・`)・・・。
そして、最新機種をイチデジを見て回ってしまった私は、
プライベート用に新しいのが欲しくなり、墓穴を掘ったかんじです。


今年はコイン収集の楽しみコーナーで、
初心者でも出来るコイン撮影のコツをご紹介
出来ればいいなと思います!是非お楽しみに~♪

 

↓↓↓コイン収集の楽しみコーナーはこちら↓↓↓

http://www.taiseicoins.com/product/coinshushu/001/index.html

世界初、高さ4ミリのスーパーハイレリーフコイン!

こんにちは、ありすです。大変ご無沙汰しておりました。  
前回のブログは、なんと昨年の1月5日だったんです。
1年7カ月振りになってしまいました。。。月日がたつのはほんとに早いですね。

さて、今、一番旬な話題はなんと言ってもロンドンオリンピック!
奮闘している選手たちの姿を見ていると、テレビに釘づけになったり、
睡眠不足になってしまいますね。

でも、注目に値するのはオリンピックだけではありません。今年は、英国の女王エリザベス2世が
即位されてから60周年目を迎える年でもあり、英国をはじめ各国から多くの記念貨が発行されています。

弊社もいろいろなタイプの記念貨をご紹介し、ご好評を頂いております。

その中でも、アセンション島から発行された『2012年 女王エリザベス2世即位60周年公式記念
5ポンド銀貨ハイレリーフ』は、世界で初めて高さ4ミリのハイレリーフを実現しています。

既に泰星コイン・マンスリー2012年6月号や弊社ホームページでご案内しているので
ご存じの方もたくさんいらっしゃるかと思いますが、あらためてこの素晴らしい
コインをご紹介したく、実物のコインを撮影しました。   

hhh.jpg ooo.jpg

bbb.jpg aa.jpg

コイン裏面の女王エリザベス2世の肖像部分が4ミリ(最高)のハイレリーフに
するために、何と8回も打刻されています。コインの厚みは、通常の2倍のピエフォー。
ハイレリーフが際立ち、美しいコインに仕上がっています。

k.jpg

こんなケースに入っています。

ご堪能頂けましたでしょうか?
コメント頂けたら嬉しいなあ~。

 

 

 

そういえば...

こんにちは。

コインハンターのチャンポンです。

東日本大震災復興事業記念貨幣のデザインの入選作品の結果が

先日発表されましたが、

実は私も応募しました...という話は以前ここで書いたと思いますが、

肝心の、そのデザインを、この場を借りて披露させていただきたいと思います。

 

金貨デザイン▼

gold_coins.jpg

銀貨デザイン▼

silver_color.jpg

コンセプトというとカッコよすぎですが、自分なりに「祈り」「希望」などを表現したつもりです。

金貨デザインと銀貨デザインは全く違うものを考える予定でしたが、

あまり時間も無く、同じデザインで提出しました。

金貨は、カラーではないということだったので、

コインハンターである私がこれまで見てきた金貨デザインとはなんたるか、情報すべてを注ぎ、

凹凸をどのように表現するかなどをかなり意識して考えましたが、

異様にブツブツ模様がグロテスクになってしまいました。

 

しかしこういう、デザインや絵を誰かに見てもらうということは、

自分の中でこれだ!という自信があってこそのものですので、

作っている時は、「あー選ばれたらどうしよう」と思いながら作っていました!

 

結果は、不採用でしたが、

入選された皆さんのハイクオリティなデザイン、

そして、子供たちのパワーあふれる絵には、心が揺り動かされ、感動しました。

早く実物を見てみたい!

 

このような企画があったら、また是非応募したいです。

 

マリメッコのコインが雑誌に掲載されました。

こんにちは!コインハンターのチャンポンです。

マリメッコのコインが雑誌に掲載されましたー!

 

ムーミンの表紙が目印の、「エル・デコ」8月号のP80に載っています!

image1.jpg

こんなかんじで^^

image2.jpg

こちらの雑誌は、オシャレな家具やインテリア用品がいっぱい載っていて

どこのページを開いても、、、あぁ欲しい...これ欲しい!!!かわいい!!これも欲しい!!!

そんな雑誌でした。

そのなかに、マリメッココインが入って居ることがなんだか嬉しかったです♪^^

 

 


マリメッコ創業者 アルミ・ラティア生誕100周年 2012年 10ユーロカラー銀貨プルーフ

『夏休み!造幣局工場見学~お金の誕生を見に行こう~(広島支局)』

何気なく、造幣局のホームページを見ていたら、子供向けに夏休み企画を発見しました。

せっかくなんで、情報共有!

↓『夏休み!造幣局工場見学~お金の誕生を見に行こう~(広島支局)』

http://www.mint.go.jp/plant/special/110624_2.html

開催は、平成23年8月8日(月曜日)~8月10日(水曜日)の3日間。

旅行の日程に組み込んで、お子様の夏休みの自由研究の話題にもいいかもしれませんね・・・。

 

すごいの見つけました。

こんばんは、コインハンターのチャンポンです。

 

ある日、コインネタを探して家の近所を練り歩いていたら

100円ローソンにこんなのありましたよ!!!!!!!!

 

NEC_2979.jpg

NEC_2981.jpg

 

中身はかなり素朴な味のクッキー♪

いや~これは勉強になりますね。

パッケージのデザインもなかなかそそる色合いでした。

 

お久しぶりです!!

こんばんは コインハンターのチャンポンです。

今日は何の日か、ご存知ですか?

  

そう、

 

ミッフィー誕生55周年記念貨発売日ー!!!

 

ついにこの日が やってきた~♪

内緒にしてるのが息苦しかったです!(内緒とは言わないか...)

 

もうデザインは見ていただきましたか? 

 

やっぱり、個人的に一番気になるデザインは、

2ドル銀貨セットの中のこちら

 

見てください

このミッフィー形のかざり

個人的にミッフィーグッズ大好きで、

街で見つけたときは必ずチェックするんですが、

このミッフィー形のかざりは見たことが無かった!

この絵が使われてるってかなりレアなデザインだと思うんです。

ものすごくチャンポン基準ですけど。

 

そしてこの、ミッフィー55周年記念デザインマーク!!

 

女王エリザベス2世の隣にこのマークが刻印されるというのは、

コイン業界に勤めている身としてはルーペでガン見するしかない重要箇所。

ミッフィーの顔はすぐわかるけど、その下にある"miffy"はさすがに、視力1.5の私でもツライ!

でもちゃんと綺麗に刻印されているんですよ~^^

 肉眼では確認できないものって、ゾクゾクしますね。

 

ミッフィー誕生55周年記念貨コレクション

http://www.taiseicoins.com/product/miffy55th/

 

 

 

干支コイン

こんにちは、コインハンターちゃんぽんです。

今日は干支についての記事を書きたいとおもいます。

 

来年、2011年はうさぎ年!!

オンラインショップやマンスリー等では既にご紹介済みの、

ふわふわのかわいい兎の干支コインシリーズは、もうご覧になりましたか?

 

干支といえばですね~、

自分の干支の反対側に位置する干支がモチーフのアイテムを持つと

なにやら縁起がいいらしいんです...。

反対側というのはつまり...ね、うし、とら、う、たつ、み、と円に書いていって、その反対側です。

(分かりにくいですね、すみません)

 

なので、とり年の私は来年のうさぎ年がなんだかラッキーな年に思えて仕方なく

今からわくわくしています。゚.+:。.+:。

 

うさぎグッズは集めやすいので、ついつい見つけるたびに買ってしまうんですが

考えてみたら 「いのしし」とか難しそうだな~ ちなみにへび年の方の反対側がいのしし...、

いのしし関連の物といったら...ぼたん鍋しか思い浮かばない。゜。(゜^o^゜)。゜。

 

うり坊とか、すごくかわいいですけどね☆

 

 

例のブツ

こんにちはー!コインハンターのチャンポンです。

 

昨夜、部屋を掃除しておりましたところ

先日記事に書いた、記念メダルを発見しました><

 

NEC_2517.jpg

NEC_2518.jpg

1995年...ってことは15年も前ですね...。

ちょうど、アムラーとか、ルーズソックスとか、その辺が流行ってた時だと思います。笑

プリクラとかも出たての頃じゃないでしょうか?

長崎グラバー邸は、じいちゃんばあちゃんと旅行に行った時に作りました。

長崎は何を食べてもおいしくて、とにかく1にちゃんぽん2にちゃんぽん、

3・4がなくて 5にちゃんぽん!!

そう...私は、ちゃんぽんが大好きすぎて、

ブログネームをチャンポンにしたんです。゜。(゜^ω^゜)。゜。

 

 

NEC_2519.jpg

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お次は、某テーマパークで作れる記念メダル。

数年前に訪れたときは、このメダル製造機はもうなくなっていました。

でもたしか、これに代わるもので、銅を板状にする製造機があったはずです!

 

というわけで...

 

あと2~3種類は持ってたはずですが、

今回でてきたのは2枚でした。

 いろいろ、思い出深いものがありますね。

これが入っていた箱に、マレーシアのコインも入っていて

初めて海外旅行へ行った時ののこった分を仕舞っていたようです。

 

樹海という名の私の部屋から見つけた珍品を、

見つけ次第、こちらに載せたいと思いまーす!!

財宝ゲットだぜ

こんにちは!コインハンターのチャンポンです。

今回は前回に引き続き、

遠き日の思い出ばなしをしたいとおもいます。

前回は写真が無かったので、今回は写真つき><

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そうこれは、誰でも一度は感動するであろう、コインチョコ☆

(厳密には額面が無いのでメダルチョコですね・笑)

私が初めて出会ったのはたしか...幼稚園かそこいらだったと思いますが、

財宝を手に入れた気分になれて、ものすごくうれしかった記憶があります。

なんたって金貨ですから、見た目がいい。

大きさも、1オンス金貨ぐらいでしょうか...とても絶妙!!


その他に、EUROコインチョコ5FRANCEチョコなんかもあるみたいで、

さらには、自分好みのコインチョコをオーダーメイドできるお店まで存在するようです。

 

 

こんなに人々を魅了するコインチョコレートは、一体だれが最初に考えたのだろう?

早速、ルーツを調べてみました。

 

 

......し、

しかし、

全然わからない^^;


ネットがこれだけ普及してる中でもわからない事ってあるんだな...。

もしも、このブログをご覧になっている方で

わかるかたいらっしゃいましたら ぜひ情報をお寄せください

お待ちしてま~す^^

 

ハントしました。

こんにちは コインハンターのチャンポンです!

 

昨日、妹から誕生日プレゼントをもらいました。

NEC_2350.jpg

この妙な置物、ありがたく頂戴しました。

あまりにもこのポーズが可愛かったので、自分用にするのもどうかと思ったから

私へのプレゼントにしたらしいです。

 

そんなスタジオジブリの最新作

「借りぐらしのアリエッティ」が7月17日、公開されましたね。

 

ジブリ作品は大好きなのでものすごく観るのが楽しみです!!

 

というわけでまだ映画館には観に行ってはいないのですが、

このあいだ、公開直前特番みたいなものがテレビで放送していたのを偶然観ました。

 

内容は、

アイルランドでアリエッティを中心にジブリ作品のルーツを辿るというもの。

 

私の中で、"アイルランド"といえば...

一昔前に流行ったクランベリーズというバンドの事しか思い浮かばない...............。

 

それが以外は全っっく思い浮かばず、

一体アイルランドってどんな国?????状態だったため、

その特番を観た時はアイルランドの凄さやケルト文化にド肝を抜かれました。

勉強不足ですみません。

 

テレビ越しのアイルランドはジブリの世界がそっくり再現されているかのような、建物、色彩、花々。

というより、ジブリそのものじゃないか?!と言ってもいいぐらい。

こんなにいいところだったんですね。全然存じ上げませんでした。

めでたく「チャンポンのいつかは行ってみたい国ランキング」の2位にランクインしました。

(1位はころころ変わります。)

 

そんなアリエッティ特集をポワーンとしながら観ていたその時、

衝 撃 映 像 が 。

 

アイルランドの地ビールを飲むレポーターの女性の持つグラスに、

"ハープ"の図柄が描かれていて...

ま、まさかそれは...アリエッティの...あの曲唄ってる歌手をのことを助長してるのか?

なにかが待ち受けている気がする...!

 

「お気づきですか?」と言わんばかりの前振りをしつつ、遂に女性が核心に触れました。

 

「このハープはアイルランドの国章で、貨幣にも描かれているんですよ^^」

 

 

え━━━━━━━(゚言゚)━━━━━━ っ !!!

 

 

コインとは縁遠い存在だと思っていたジブリとの接点をとうとう見つけてしまいました。

(かなり一方的に)

 

 

思いたって探すと、普通にあるのが我社です。

いいコイン、ありました。

 


アイルランド 2007年 エウロパシリーズ ケルト文化の影響 20ユーロ金貨 プルーフ

(ショールームにて展示・販売中)

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嗚呼!まさにアリエッティ(笑)

実物はとても小さな金貨ですが、小人サイズで可愛いかったです゚.+:。*゚.+:。♪

ない国はない

こんにちは。

泰星コインのコインハンター、チャンポンです。

 

今、とあるステルスアクションゲームにはまっているのですが、

その舞台が「コスタリカ」というわけで、ひょっとしてその国のコインが会社にあるんじゃないか?

と思いたち、本日早速探しましたところ、ご ざ い ま し た。

 

costarica001.jpg

1974年 世界野生生物保護基金 100コロン銀貨 プルーフ <海牛>

costarica002.jpg

1974年 世界野生生物保護基金 50コロン銀貨 プルーフ <緑海がめ>

 

...探せばあるっていうのがすごいですね。

コスタリカらしい(?)自然や動物がテーマのコインを発見しました。

年号がある面には国章が描かれています。

こうやって、ちょこちょこ調べる機会やたのしみがあるといろいろな国のことが学べます。

 

ところで、<海牛>ですが...、

こういったコインを探すときは在庫データと商品名を元に探すので、

在庫があるとされるショールームへ探索に行ったら

 

「"うみうし"が図柄みたいなんですけど~??うみぶたでイルカみたいなもんですか?」

 

「うみうし?うみうしはアレだ、ナマコみてーなやつだろう?

 

「え、ナマコ?!」

 

..............................。

その直後、

ナマコとは全くかけ離れた図柄の<海牛>を探しだしました。

そして話が全く解決しないまま席に戻りましたが...、

どうにもこうにも気になってしょうがなかったのでネットで調べたら───────

"うみうし"ではなく"かいぎゅう"だったようで、私が読み間違えて"うみうし"なんて言うもんだから

うみうし=ウミウシ=?=ナマコへと話が湾曲してしまっていたようです。(たぶん)

 

あ~...とりあえずスッキリした。

貨幣の価値とは?

こんにちは。
縁あって、コイン業界に入りかれこれ10年強になります
くりっぺと申します。

皆さんは、もし突然、お札がただの紙切れに、
そしてコインの価値がまったくなくなってしまったら、
どうしますか?

答えは簡単です。

そう、

「勿論、コレクションします!」

ですよね...(笑)

この感覚が分からない方には、ちょっと
コインコレクションの面白さが理解できないかもしれません。

「価値のないお金を取っておいて、何が面白いの?」

と思われた方は、
実質的には価値を失ってしまったお金の
背景にあるストーリーを、
是非、想像して頂きたいと思います。

経済的、社会的、歴史的、政治的、...
色々な事象や人々が関わって、
"貨幣"の存在があります。


とどのつまり、何が言いたいのかといいますと、

「コインコレクションは、奥が深いのです。」

という事につきるのですが(^_^;)

さてさて、そんないわくつきの人気アイテムが
"ジンバブエ"のインフレ紙幣です。


zimbamwe.jpg

...「ゼロ」が何個あるんでしょうね...(@.@)

 

現在の通常貨とセットとなった入門編的なセット
ただいま販売中ですので、是非どうぞ。
http://www.taiseicoins.com/index.php/module/ShohinShosai/action/ShohinShosai/sno/8523/

 

部屋で二朱金発見!

こんにちわ!泰星コインスタッフのモッチーです。
昨日はBLOG投稿を忘れてしまい本当の三日坊主になってしまう所でした(^^;)ゞ

先日、下記出来事が起きたのですが
これはBLOGのネタにもってこい!!と直ぐに考えてしまい・・・なんだかな~^^;

以前祖父から貰ったガラクタを先日開封してみました。
なにげなく開けた紙の小さい箱には古びた金メッキのネックレスやら
腕時計のネジなどが出てきました。


これなんだろなーとシャカシャカふってたところ
日々よく見かけるものが横切りました・・・・・!!
「!?」と手にとってみると二朱と書いてあります。

あわてて会社のBLOG仲間のチャンポンに

(@@;)<にににに・・・・にしゅきんが出てきた!どうしようどうしよう!!!!

とトンチンカンな電話をかけてしまうほど焦りました。
まさか会社でよく見かける古銭を
自分の部屋で見つけることになろうとは思ってもみません。

翌日、ショールーム担当のF氏に見てもらったところ
本物で、天保二朱金ということが発覚!


大事に紙フォルダに入れて保存~!!

IMG_3332.jpg


コイン商に勤めていなかったら捨ててしまっていたかもしれません。
そう思うとなんだかとても不思議に思えました。
そして、近々祖父に報告しなくては!

 

ちなみにこんな中に埋もれてました^^;ホントビックリ
IMG_3334.jpg

 

これが元禄二朱金だったらなぁ~・・・・と思いつつ
大事に記念としてコレクションしておきます!
(というか祖父に返さないといけない!)


ちなみに日本の古銭は泰星誌上オークションなどで多数出品されたりしますので
ご興味のある方は是非覗いてみてくださいね!

第47回誌上オークションは6月下旬~7月上旬の開催を目処に
只今準備をしておりますので、どうぞお楽しみに!

 

夢にまでみた明治金貨を入手して

私は子供(6年生位)の頃からコインの収集を始めました。しかし子供事とてお小遣いからではなかなか集まりませんで社会にでて自分で少しお金の融通できるようになってから本格的に収集をはじめたところ以外に高価で手に入るものは少なく仕方がないので自分で使ったコインを集めようと戦後のコイン、戦前のコインと進み種類別に一枚ずつ集めさらに金貨には手が出ませんので明治のコイン(近代)銀貨の収集を初め銅貨の半錢から1円銀貨まで全部そろいました。
しかし一通り収集が終わるとやはり明治の金貨です。

昨年から今年にかけて総務省のオークションがあるのを知りコインメーカーを通じオークションに参加し旧20円以外の金貨を入手する事ができこれで明治~平成まで記念貨を含め揃える事ができ満足しているところです。
ただ残念なことは旧20円金貨は高価すぎ1千万円以上するため復刻製を入手したのです。戦後のコインはすべて発行年別に現在まで全部揃える事ができこれからも生のある限り続けるつもりです。
後は外国のコインを気まぐれに集めておりますが中でも1815年フランスの皇帝ナポレオンと国王ルイ18世の同年発行の金貨が気に入っております。

2008年8月27日
PN:匿名

大航海とコイン

少し前20世紀の終わりにポルトガルでは大航海を記念して一連の記念貨が発行された。
貴金属価外にも白銅貨も出、本国・アフリカ・アラブ・インド・東南アジア・中国そして日本へとポルトガル人の足跡を後うが如くコインが発行された。
その前に日本の某CS放送ではバスコ・ダ・ガマの足跡をメインとし前後の航海者や後の他国の航海者等を加えた「大航海」という放送があった。

その番組ではエンリケ航海王からアフリカの南への海路の発見、南アフリカへの白人の入植と現地人とのかかわり西アフリカでの黄金王国とアラブ人とのかかわりそしてアラブ人とのかかわりと敵対、インドとのかかわりから植民地化東南アジアへの進攻と占領。等々に番組は進みポルトガル、オランダ、イギリスの東洋へのつながりの歴史が「海」を通じて映し出されていた。その中で白人らの目的の一つである「黄金」にかかわる物として種々の貨幣が紹介されていた。

当時は南アフリカまでは地元の民は金は使用していなかったようで、バスコ・ダ・ガマ達をがっかりさせたが西アフリカ、モンバサ周辺からはイスラム式の金貨が流通していてそれが写された。
アラビアの古代貨・インドのポルトガル植民地の発行貨・マレーのマシャパヒト王国貨もその後写されていた。今その総ては日本で手にすることができる。
考えようにはまずいことである。

2008年8月27日
PN:222

私のコイン放浪記

 始めて古いコインを見たのは、中学生の頃、父より江戸時代の古南鐐二朱銀や明治の2銭銅貨等10品程のコインを貰った時が始まりです。 昭和20年代のことでした。その後、机の引き出しに入れたまま忘れていました。再びコインに巡り合ったのは生活に少々ゆとりができデパートのコイン展で天保小判を買った時からです。 万延や文政等少しづつ集め始めた頃、第一次石油ショックで物凄い値上がりもう諦めて止めました。再々度集め始めたのは平成5年バブルも終わって値段も落ち着いた頃コイン展で、新20円金貨を買いました。

  あと泰星コインのブースでラフマニノフの金貨を見つけたときは喜ばしかったです。私の大好きな作曲家で、中でもピアノ協奏曲No2プレリュード等美しく雄大な曲が好きです。

 その時、住所氏名をを聞かれコインのカタログを送って頂くようになり音楽家のコインが沢山発行されている事を知りました。特に千葉一良氏の1冊はまさに驚きでした。これが音楽物の収集に拍車をかけました。即売会、オークション、町の店、海外旅行あらゆる処で求めました。気がつくと同一品が2枚あったり。友人にも音楽ファンがおりますが音楽好きとコイン好きとは別の世界の様です。あげるといっても興味ないというので貴社に買って頂きました。テーマ持って集めているのは音楽家だけであとは全くランダムにやってます。
 
 これからも続けていきたいと思います。

2008年6月25日
PN:yoshilon

アメリカ合衆国のコインの思い出

 1961年から62年にかけて1年間、文部省在外研究員としてアメリカへ出張した際のコインについて述べてみましょう。

  当時は50セント、25セント、10セントコインは銀貨でした。その後数年で銀貨は姿を消し、現在は銅を白銅で包んだクラッド貨となっています。1ドルコインは発行されていなかったのですがカリフォルニア州のサクラメント市で昼食をとったつり銭に、1921年製の大型1ドル銀貨を入手しました。珍しく思い持ち帰り現在も大切に保管しています。

  1セント銅貨にはリンカーンの像がデザインされていましたがカエデの枝葉のデザインのものがつり銭に混じってくることがありました。これはカナダのコインで材質や大きさがほとんど同様の為に区別されなかったためと思われます。

 5セントニッケルコインの1942年から45年に至る戦時中の製品セットを入手しましたがサンフランシスコ、デンバー、フィラデルフィア製がいずれかほとんど同一の素材、大きさ、デザインで、わが国の当時のコインはアルミニウム製から銅製に変わり一部は紙幣になっていたことを考えると国力の差がコインからうかがわれます。

2008年6月25日
PN:匿名

私とコイン(貨幣)について

 私が小学校四、五年生の頃、父親が自営業(スクラップ回収業)の仕事をしていまして回収されてきた、スクラップの中から明治時代の貨幣や大正時代の貨幣、その他(外国の貨幣)などが発見されたのが始まりで現在に至っております。

  沖縄では卸金の史料館等が少なく、卸金の博物館がありません。自分の時代では実現(駄目)出来そうもないかもしれませんが自分の夢を子や孫に引き継ぐ気持ちで小遣いの出来る範囲内で頑張っています。又、親戚や友人達が外国旅行からの帰りに使い残してきた小銭をお土産に協力してもらっています。コインの魅力とは一口に言葉では言い表すことはできませんが世界中のいろんな国のコインを眺めているとその国に行ったような気分になります。

  あつ、そうそう話は変わりますが以前友人が持っていない貨幣を一部貸し出して友人の名前で沖縄銀行本店ロビーで20周年記念事業で1ヶ国7000点展示したことがあります。自分の夢は世界中の使用していた貨幣を収集しいつの日かせめて沖縄に史料館を建てるのが私の夢です。

2008年5月28日
PN:幸地 順進

よくあるインターネットオークションにて

 最近なんでも売り買いできて上手に使えると結構お得なインターネットでのオークションがさかんである。コインについても例外ではなく、私もたまに利用している。安価で入札できて他の人との駆け引きもあり安く手に入れる喜びあり、収集プラスαのおもしろさを味わうことができる。

  その反面、注意しなければならないことが商品の真偽である。

  泰星コインさんのように会社で保証してくれていれば安心なのですが個人や悪質業者であると偽者でも保証はありません。収集の場合も同じなのですが、インターネットの場合は確認も画面上では限界があり、相手を信頼するしかありません。評価など他の情報を確認するなど、だまされないように情報活用能力を高めておく必要があるでしょう。 また、出品者と入札者が対等の立場であるならばよいのですがたまに「ノークレームノーリターン」など落札者に不利になるような情報が含まれている場合もあるのでさらに注意していきたい。そういう出品者に限って、見た目が良いように撮って出品してくるので、実物のコインだけではなく画面上でもその真偽を見極める目を磨いていきたいものです。

2008年5月28日
PN:おいちん

子供時代に見ていた本投稿品原品のあこがれ小判が24年後に所蔵者に!!

 あるオークション会社からオークションカタログが届き見たところ、表紙にどこかで見たことある大判が出品されているなあと思いカタログを拝見した所、昔から本のカラー写真で見た記憶のある献上大吉小判が三枚出品で私自身が小学生時代から持っていた本を見てオークションカタログと見比べ確かに本投稿品原品だったので心が動きました。

 まずは下見をして当時の本のカラー写真と比べて下手に保存されていないかなどじっくり確認してオークション会場参加を決意しました。僅かの貯金を全ておろし何とか会場で落札できる事を祈ってました。周りの人のカタログを覗き見すると私の目的の小判が三枚ともチェックされていたので内心「落札できないかなぁ?」と思っていました。いよいよ会場で目的小判のLOTが回って来た時は心臓がバクバクしていました。下値百万円からでオークショーナーが金額を読みあげている時は「早くとまってくれ」と思いながらオークショーナーの顔を見つめていました。百五十万円で止まって私のフダを指していたときの喜びは今でも記憶に残っています。落札寸前にオークショーナーが「異式槌目ですからね」と一言でプライス後にオークショーナーが「ありがとうございます」と一言つぶやきました。その後のLOTの二枚目の献上小判も落札できてさらに喜びは増しました。予算の関係でオークション参加はここまででした。

  まさか小学生時代から見ていて「この小判いいなぁ!!魅力あるなぁ!!」と思っていた原品が24年後に私自身が所蔵者になるなんて夢にも思っていませんでした。

 三枚出品中落札した2枚は特に欲しかった品なので今でも満足しています。手に入れた時の記憶は一生忘れる事は無いでしょう。

2008年4月23日
PN:小判最高!!

コイン収集の魅力

友人が古銭収集を趣味にすると言いそれなら私も同じ趣味をすると言って古銭収集を始めた。
25年程前のことであった。デパートや古銭販売会場に足を運び、ショウウインドウを必死に覗き込み目的のコインを見つけた時の感動と買い求めたコインを手にしたときの充実感が忘れられず、今もコイン収集を続けている。コイン収集が生涯の趣味となった。
明治十年の2銭銅貨が収集の始まりであった。
すぐに日本近代コインアルバムを購入し、収集の旅を続けた。数百円の古銭から数千円の銀貨、更には数万円の銀貨を探し求めデパートや古銭販売会場に足を運んだ。コインが生まれた時代に接し、時代背景を考察できる瞬間は充実感で満ちていた。


3年程の収集の旅、その結果1986年12月14日アルバムのコイン全てが収集でき空白は埋まった。"収集完成、実にうれしい"がそのときのコメントであった。現在の主な収集品は、銀貨から金貨へと移行し収集初期では雲の上の存在だった小判をも何点か収集できた。まさに継続は力なりであろう。
次なる目標は原点に立ち返り2銭銅貨の年号別収集を手始めに更にもう1枚小判が欲しいが率直な気持ちだ。

2008年3月26日
PN:松栄コイン

コイン蒐集の動機と現在

もともとコインを集めはじめたのは5歳の頃で、中国の青島に父の弟が豊田自動機の工場で役をおおせつかっていた頃で中華民国の貨幣に興味を持ったからでした。大戦中も満州や南方諸国のコインを趣収していました。しかし第二次大戦終結で目にすることができなくなりました。半世紀程前、泰星スタンプコインの社長で大学の教授の岡政道先生からお便りを頂いて再び蒐集を始めました。単に入手だけでなくコインの持つ魅力にとりつかれ
"泰星マンスリー"にも何度と掲載していただきました。

内容としては、"南方の島々""音楽史"、"飛行機の発達史"、こどもの生活・・・特に愛知県での"IYU"は記事がいくらでもありました。こんなことでコインの数は多くなり記事を書く為の資料のコイン写真は数千枚にとなりました。現在も籍をおいています名古屋博物館のガイドボランティアとしましても愛知の歴史を知るためのコインのスライドを作成し皆様に見ていただくという方法をとっています。とにかく世界を知るため歴史を知るためのコインのすばらしい刻印にはいつも"とりこ"になっています。生のある限り蒐集をし、文字と写真に表現したいと思っています。

2008年2月27日
PN:匿名

懐旧の£・s・d

1963年3月、英国ケント州の某町役場に外国人登録をするため、バスで出かけた。下宿で借りた2'6白銅貨(当時126円)を車掌に渡したら、お釣りに数枚のコインを渡された。これが私の貨幣収集の始まりであった。
釣銭には6d白銅、12角厚手の3d黄銅貨と巨大なペニー銅貨が何枚かあった。その後、毎週ロンドン市内に出るうちバスや駅で受け取った釣銭を調べ年号と状態を見て良いものを残した。ある日バスで受け取ったペニー銅貨のうち、丁度百年前のものが一枚あった。
擦り減ってツルツルだが1863年に間違いない。特にこの一枚は記念物として残した。
夏目漱石は1900年から2年ほどロンドンに住んだ。彼がその間手にしたのと同種の貨幣が60年後も流通していたとは驚いた。それで状態は悪いが2'6や2'の大型金貨も集めた。半年ほど後、市内に移った。その頃から日本人のお客さんが増え、私も案内や通訳のお手伝いをした。謝礼を頂いた折は貯めておき時々市中の貴金属店でソヴリン(£1)
半ソヴリン金貨を買った。これらはホームズの探偵小説で昔からお馴染み?のコインである。日本に帰ってからモーンディ・マネーなる小型銀貨セットを取寄せたりして私の英貨コレクションは数だけは多くなった。1971年、英国貨幣は十進法になり伝統は絶たれた。昔イギリス王国の一部であったアイルランド(王国)はユーロ圏に入っている。英国でも既に商品価格にユーロを併記する店などもある由である。英国もユーロ圏に併呑される日がやがて訪れるのではないかと危惧するのは私だけであろうか。
私も今や70代、ささやかな英貨コレクションをどの孫に譲るべきか思案している。

2008年2月27日
PN:Tea Tea

きっかけは、

私の兄(長男)は二十年も年上の一ツ橋大学生のインテリでとても近づけない人でした。が、ある日私の友人近所の悪ガキとつるんでサントリーバーでベロンベロンになってる所へあの秀才が入って来るとは夢にも思いませんでした。友人が私の顔を張ってお兄さんだ早く起きろと言って兄に向かって友人がペコペコ私の代わりに謝っていましたがややあってお勘定の場になって皆さんの分は全部済んでいますと言われた時にはヤラレたと思った昭和39年の正月兄は日赤で最後のお別れ手紙を手渡して眼を閉じた・・・・兄嫁さんは兄の蔵書4万冊等持って実家へ帰った。

ガラーンとした兄の部屋の角に平べったい木の箱があった。開けてみると円銀明治三年から大正三年までと五拾銭銀貨明治から昭和13年まで木枠にきちんと入って小さな紙に後は自分で集めろよ亘へと書いてあった。またしてもヤラレたと・・・・オリンピックの千円銀も見ずにアノ世へ行ってしまった兄の為に私も昭和39年から新宿の駅ビルにあった泰星コインの会員になってから色々とキライな勉強?もやって今日に至る。

2008年1月30日
PN:自由人 30代男性

切手からコインへ

三年程前でしょうか。沢山溜まった切手を処分することとなり、一枚五円の手数料を支払い五十円葉書二万枚、百万円分と交換し、その足でコインショップで現金に換金しました。その差額は大変なマイナスとなったわけです。未だ十円以下五十円以下の切手は持っているものの、今は切手の購入を控えているところです。

十一年程前から海外旅行を始めまして37~8回、国別で24~5ヶ国でしょうか、その都度その国のコインと紙幣を収集しました。そんな中での泰星コインさんとの出逢いでした。見るもの見るものみんな驚くべく新鮮さを感じるものばかり今までに見たことのない未知の世界に思いました。しかし次から次へと購入する余力がありません。低価格の銀貨から入り、なかなか金貨に入れぬままの仲間入りさせていただいております。

現行コインはコインブック八部ほど持って収納しております。又地域のコインショップと連絡取り合って、オークション参加し日本の古銭にもチョッピリ手を出しております。老齢の域に入った私、海外旅行とコイン収集をしながら、今一人しか居ない孫が大切に守ってくれるだろうか?心配しながら楽しんでいるところです。

2008年1月30日
PN:匿名 70代男性

苦戦したカラス1銭アルミ貨のバラエティ

私はコインは主に近代銭を集めていますが、全ての年号を集めるのは予算的にもまず不可能なので、1種1枚ずつ収集しています。
 そこで何年か前に購入したのが「日本近代コインアルバム」なのですが、これが意外とクセものでして、入手難のバラエティやらも収める様に作られていて素人収集家泣かせなのです。(・・。)ゞ

 フジ1銭アルミ貨の厚さ(厚いものと薄いもの) はなんとかクリアしましたが、カラス1銭アルミ貨の昭和4年の「ハネ四」には大苦戦。



ネットオークションでもなかなか出てこないし、ましてデパートやコイン店でもいつ入荷するか分からずとのことで、ずっと空白のままでした。

でも、粘りに粘ってある切手商とずっと連絡をとっていたあげく、ようやく未使用品で目的のカラス1銭アルミ貨の昭和4年の「ハネ四」を入手出来ました。ピカピカの完未に近いくらいのクラスだったので、手にした時の実感は感極まる思いでした。(@_@)

 同じ種類の貨幣でも、わずかな違いで集めるとなると、近代銭の完集もまだまだ先のようです...。あとは高価な貿易銀や旧1円銀貨、旭日朝日50銭銀貨。。。といった強者のみとなりました。定年までには揃うかなあ...?とコインアルバムを開きつつ、息抜きする今日です。

2007年12月27日
PN:匿名希望 30代男性

コインの魅力について

私がコイン収集を始めたのは小学校三年くらいの時でした。
京都市の東寺で定期的に行われている「弘法市」で、平積みされていた穴銭類を父親に買って貰ったのがきっかけでした。確か寛永通宝や開元通宝だったと記憶しております。

その後、初めて買って貰った新一円銀貨。
「日本でもこんなに立派な銀貨を出していたとは」と驚きました。小学生の手には500円玉何枚分もある重量は重く感じました。

手の届く範囲のコインをほぼ網羅してしまい一時期熱が冷めてしまったことがありました。しかし、数年前にフランスのある町の教会前で開かれる週末市でクラウン貨に出会った瞬間「あ、これだ・・・」
と第一次世界大戦後の20フラン銀貨など数枚をピックアップして買い集めていま
した。

現在も旅行に行くたびに現地でクラウン貨を買い求めています。やはりクラウン貨はその国を代表する貨幣であるので、そのデザインは非常に優れた物が多いです。またそれぞれが世界大戦後の超インフレ時代などを生き抜いてきた証人でも
あります。
小学生の時に受けた一円銀貨のインパクトは今でも忘れられません。世界のクラウン貨の中でも一円銀貨はモルガンダラーなどと並んで世界の傑作の一つではないでしょうか。しかし近年、その一円銀貨の中には贋作が多く含まれており非常に残念でなりません。何とかならんのか・・・と思います

 

2007年12月27日
PN:alchemy 20代男性

下町に人情は生きている

私がコインに惹かれたのは、東京オリムピックの阡円銀貨と出会ったのがキッカケであった。その後次々と記念銀貨・銅貨が発行され蒐集を始めた。友人と会社からの帰途私は途中下車をして、コイン店へ向かった。已に十数年経った頃私は多くのコインを手にしていた。
友人達も、私がコイン店へ行くのを知っていたが、同好の志は誰もいなかった。そうした折に、家内が病死した。
哀しみにくれた私にとって、コイン店に向かうのは減少したが、或る日コイン店に向かった。勿論私は前よりコインの収集で好きなコインの為に家計に及ぼすのを極力避けコイン店へよりみちするのを控えていた。そして、家計に及ぼす費用節約の為大事なコインを売却することも多くなった。


そうした様子を見ていた主人が、"あんたコイン蒐集をやめた方が良い"と私を窘めた。そして、二千円札を差し出し、"お仏壇へ何か買って上げなさい"と言い添えた。私はエッと声をのみ、主人の行為に驚き、直ぐに主人の心根の優しさを覚え、"ありがとうございます"と、受け取った。単なる客の一人である私への思いやりに、涙が出る程嬉しかった。よく人町の人情云々と言われているが、流石に久々"人の情、下町の人情"に心を打たれたそして、商売はかくあるべきだと、感動した次第であった。

2007年10月24日
PN: 中山 一郎 70代男性

ヴィクトリア・コインと二輪桜一分銀

私は、学生時代に東京オリンピックの千円銀貨を手に入れて以来、さまざまなコインを収集してまいりましたが、いつかは名品といわれる最高のコインを手にしたいものと思っておりました。
そして、平成12年、念願がかない、誌上オークションにおいて、最も美しい金貨の一枚とされる「ウナとライオン」を入手することができたのです。

その後は、ヴィクトリア・コインに魅了され、さまざまなタイプのコインを収集して今日に至っているのですが、3年程前のある日骨董市で目にした一分銀に何故か心を引かれ、ヴィクトリア・コインの収集に併せて、一分銀の収集と研究にのめり込んでゆくこととなったのです。
一分銀は、表に一分銀、裏に銀座常是の文字と、それを囲むように20個の桜印が刻印されております。そして一つ一つの桜印は、5弁の花びらを持った一つの桜花なのですが、多くの一分銀について詳細な観察を行ったところ、二つの桜花が重なり合った二厘の桜印が存在することを発見したのです。
 二輪の桜印が刻印された一分銀を「二輪桜一分銀」と名付け、その収集を続けるとともに、二輪桜印の意味するところを解明したいものと取り組んでいるところであります。
 ところで、大英帝国においてヴィクトリア女王が即位した1837年、すなわち天保8年は、江戸幕府において天保一分銀が通用を開始した年であります。

 以来ヴィクトリア・コインは、1901年までの64年間にわたり、ヤング、ゴチック、ジュビリー、オールドの4タイプの金、銀、銅貨が発行されたのですが、一方一分銀は、明治7年(1874年)に通用が停止されるまでの37年間に、大きく分けて天保、安政、明治の3タイプになりますが、細かく見ますと実にさまざまな種類の一分銀河製造、流通したのです。
 洋の東西で同時代に製造、流通したヴィクトリア・コインと一分銀、この2つをテーマに今後も収集と研究を続けたいと思っております。

2007年9月26日
PN:桜野 鼓音 60代男性

無題

記念硬貨や切手の発売には一昔前はよく並んだものである。
郵便局や銀行では、九時の開局・開店の前に列をなしていた。一人一枚の配分であり早く並んで一枚を手に入れてから数にもよりますが、もう一度並んで一枚を手に入れるのがやっとであった。一応割当分がすむと終了といふことになる。
昭和39年の東京オリンピックの100円銀貨の発売のときに銀行街の駅より近い銀行で一枚手に入れてから、並びの少ない中央にある銀行に行った所 誰もいなくてすんだのかと思って一枚100円で交換し、もう一枚と100円出した所 どうぞといって85枚手に入れた。
さばくのに一枚ずつでは時間がかかり面倒と思ったのではないか。
まさか一度にそんなに手に入るとは思っていないので、「ズボン」のぽけっとに入れてずっしりと重いのを我慢して帰宅した。
他の記念硬貨は数が少ないがこれだけはとびぬけて多い買い物であった。

2007年9月26日
PN:匿名 80代男性

無題

 海外旅行が好きだった母が釣銭として残ったコインを貰った事が興味を持つきっかけで少しずつ集めだし、日本の記念も集めるようになった。
火災になってもコインは焼けない(紙幣に比べ)のでいいかと思ったりして最初の頃は紙幣には目がいかなかったが印刷の美しさで最近は紙幣の方にも、気が散りだした。
他の人に比して、どの程度のこだわりや、興味の度合いは解りませんが、気に入れば、やたら欲しかったり、飽きるとまったく興味が失せる。泰星コイン㈱さんは、次々と商品を紹介して下さるのは有難いが、欲しいと思う商品は高額なので、諦めるしかない。以前と比べ最近の金銀コインは、大変高額な印象がある。

安く買った商品が価値があり、高いものは、いずれ安くなる等と思うと素人的、悩みは生じます。今、思う事は悠仁親王のご誕生に伴う記念コイン発行が期待される。
今迄に無い様なコインの発行が望まれます。

2007年8月22日
PN:ももたろう 60代男性

コインが秘める物語に魅せられて

先日、机の引き出しを整理していると、1枚のシルバーコインが出てきました。1964年に開催された東京オリンピック大会の記念シルバーコインです。図柄に採用されている「富士山に桜」は、列島改造論に沸いた当時の高度成長期にふさわしいもので、懐かしい思い出にふけりました。たまたま「世界の大型銀貨コレクション」の案内が泰星コインさんからとどき、早速申し込みました。

1904年発行の日本の一円銀貨は龍の図柄で、列強に伍して世界へ乗り出した明治の人々の気骨がみなぎっています。また、1908年に発行されたメキシコの「自由の帽子貿易銀」は、鷹が蛇を攻撃しているデザインで、蛇はスペインに例えた解放運動の成果を表したものです。
つゞいて「世界の人気金貨コレクション」の紹介もあり、購入することにしました。銀貨のもつ重厚な輝きとは一味違う華やかなきらめきは、また格別です。

1898年発行の英国のヴィクトリア金貨は、表面に「ヴィクトリア女王」、裏面に「聖ジョージと龍」が刻まれ、ヴィクトリア朝と称される時代の輝きと、7つの海を支配した昔日の栄光を今に伝えるものです。
現在は同様に紹介のあった、2ユーロ記念貨コレクションを収集しています。表面のデザインは各国共通ですが、裏面は独自の図柄となっており、とりわけ2004年発行のバチカン市国建国75周年記念コインは、カトリック教会の総本山サン・ピエトロ大聖堂とベルニーニ広場がデザインされています。
 コインの輝きとは特有の時代背景と歴史、さらに内容豊かな物語が秘められています。今後も泰星コインさんを介して、世界のコインの収集をつゞけていきます。

2007年8月22日
PN:あすなろ 70代男性

5セント白銅貨

 歴史物語風で、どちらかと言へばアメリカ移民と開拓時代を背景とした映画が大好きな私でして、学生の頃ビデオなんかでよく観ていました。
ハワイ在学中の折メインに行く用ができ、まずデンバーまで飛行機に乗った時のことでした。
ロスアンゼルス空港を離陸し、スチュワーデスのお姉さま達が客席で忙しくしている頃私は、ふと下の景色を眺めて、びっくり仰天したのです。なんと見渡す限りの大草原で、それは気の遠くなる様な広大無辺の平原野でありました。
 ここであの西部開拓史の数々が生まれたんだ、思いに耽っていましたがあまりにも変化のない、その風景と旅の疲れで、いつの間にか眠り込んでしまったのです。  隣の友人の動きで目をさました私は時計を見て、40分ほど眠ったんだ、と思いながら下の風景を見て又また驚きました。やっぱり同じ平原野を飛んでいるのでした。

途中イリノイで友人達三人で、とあるお店に入った時、底の浅い木箱に入ったコインを、観光風の外人客達が掻き廻しながら選んでいるので、私達もと、ガラガラ掻き廻して綺麗なものを6枚ほど買って来ました。
アメリカ先住民と、バッファローを描いた5セント硬貨で、これが私の収集コインとの最初の出会いでありました。それから18年、このごろでは世界中の立派なコインに御対面の出来るオークションの機会も増え、収集だけでなく、私達でも出品する事の楽しみが身近になって来ました。

妙な体験もしました、コイン業界で知名度もたかい定例オークションで落札したプルーフ貨未使用品を、後日同系オークションに出品するとプルーフでなかったり、「状態評価」の未使用が極美に化けたりするのです。専門店で伺ったり、機関誌などで教わったりもしますが、どうやら買う側の責任となるみたいです。
プロの舞台で、私達素人に「注意の責任」となると大変だなあと思いながら、これからもしっかりと勉強するつもりです。

毎春開催のコイン・コンヴェンションで、「状態評価」のゼミを聴いたことがあります。
それは視覚と主観的判断でされている現在の評価方法を、「応用装置」でやって仕舞うと言う、たまげた内容のものでした。完成したらそれこそコイン業界全体が大きく変わって来ると思いました。その点カプセルや、ケースで保護された「世界の新発行貨」の場合は安心です。

最近5セント貨のバッファローコインのデザインで、金貨銀貨が発売になりました。
文明という巨大なエネルギーに追いやられて仕舞った先住民の姿と、アメリカバイソンの名でかつては5,000万頭以上も生息し、先住民と共存を続けたバッファローは、ともにアメリカ開拓史歴を代表する一つとして、永遠に輝き続けるものと思います。

この「新発行貨」が欲しくてたまりません。
少しでもたしにと貯金箱「パンダ」の底をいつ開けようかと迷っている私であります。

2007年7月25日
PN:帯田鏡子

日本近代金貨の魅力

日本の近代金貨は、図案が美しく、金貨特有の色が素晴らしく、前から欲しいとは思っていましたが、値段が高くて、とても手が出ませんでした。あるとき、昔、歯科技工をしていた祖母より新10円金貨を譲り受けました。
戦時中は、金属がなかったのでこのような金貨を溶かして歯を作っていたとの事で、その時の残りを持っていたとの事でした。あまり綺麗な状態とは言えませんでしたが、贅沢は言えません。しかしこれを契機に金貨の収集が始まりました。ただ1枚の単価が高いので、次々にと言う訳にはいきませんでした。少しずつお金を貯めて納得した物だけを買い足していきました。10年で約20枚たらずの収集ですが、私にとっては宝物です。特に旧金貨の図案は素晴らしく、いつまでたっても見飽きません。

昨年より財務省による近代金貨のオークションがあり、近代金貨が注目を浴びるようになってきましたが、日本の近代金貨の良さを一人でも多くの人にわかってもらうには良い機会だと思います。まだまだオークションの値段は私にとっては高値で手が出ませんが、そのうちに1枚は手に入れようと思っています。

今まで近代金貨に興味のなかった方もこの機会に1枚でも入手されると、これまでの世界観が変わってくるのではないかと思います。


日本近代金貨の魅力
PN:匿名 40代男性

コインに魅せられ50年

50年前、父の遺品の中に明治2分判金1円銀貨、大型の2銭、1銭銅貨、半銭銅貨など多数のコインがありました。
それから明治、大正、昭和にかけて、一枚ずつ収集を始めました。
東京出張時、たまたま立ち寄った新宿の店で入会をすすめられ会員になりました。
世界のマイナーコインから銀貨の収集に切り替えて、記念コインを収集しています。
日本で初めて東京オリンピック記念の1000円と100円の銀貨が発行されてから札幌オリンピック、沖縄海洋博などつぎつぎに、発行され夢中になって収集しました。つくば博の記念貨は天の橋立で旅行中取得しました。

特に天皇在位60年の10万円金貨は毎日が日曜日になった直後で、引替抽選券を市内の銀行をめぐって100枚以上集め、12枚の金貨があたった時の感激は今でもなつかしく思い出します。その金貨は3人の息子の孫たちに入学祝、誕生祝に贈り大変喜ばれました。3年前、大病を天命により奇跡的に快復し今年始め、元気に 寿を迎えることができました。その記念に、2300年前の古代ギリシャのアレキサンダー大王の宝飾コインロープタイを胸に飾り、美しい第3の人生を一歩一歩、好きなコイン収集を楽しみながらすすんでゆきます。

2007年6月27日
PN:津登夢 80代男性

私の宝もの

そもそも、私の収集癖は切手ではなく、古銭の収集に始まった。小学生の頃、子供達の間に切手収集の大ブームが広がった。つまり「月に雁」とか「見返り美人」の切手が、高値の花であった頃の事である。
私は、みんなが切手の収集に夢中になっていた頃、切手と引き替えに、一生懸命、古銭を集めていた。お菓子のおまけに付いていたカードを集めて、古銭のカタログを送って貰ったこともあった。この頃、知ったのが泰星スタンプという会社であった。今もこの会社からはカタログを送ってくる。
古銭の収集方法は多岐にわたっていた。中でも思い出深いのは、お使いで行った八百屋のレジの中に見つけた古銭の事である。「寛平大宝」という小さな古銭である。皇朝十二銭というものの一つであり、偽物でないとすれば、かなり貴重で高価なものである。何気なく見つけたこの古銭、店の人に恐る恐る貰えないかと聞いてみた。意外に気安くOKが出て、喜び勇んで家に帰った日の事を思い出す。
 その後、小学校の掲示板に貼られた社会学の資料の中に、この「皇朝十二銭」が写真入りで載っていた。その一つが、お店で貰った古銭の一つだったのだ。その時の喜びは今でも忘れない。誰に語ることなく、自分一人で喜んでいた。
収集というものは不思議なもので、一生懸命になっていると、色んなところへと収集のルートが広がるものである。偶然に座ったお堂の軒下からでも、鉄で出来た寛永通宝を見つけた事もあった。
 そんな訳で、中学校に入って交友関係が広がるに連れ益々、収集範囲が広まっていった。

しかし、高価なものは、なかなか手には入らなかった。「貿易銀」と言われる明治時代に使われた特殊な銀貨や、「一円銀貨」と言われるような、大きな銀貨は友人に見せて貰っただけで、結局、手に入れる事は出来なかった。
 ある日、父の商売仲間でもある古物商の人が家に来たことがある。戦後、ものの不自由な頃、田舎を回って買い集めたという古銭や骨董品の中に、こんなものがあったと腰に大きな真鍮製の古銭をぶら下げていた。古銭はきれいに磨かれており、見事なものであった。恐らくは大陸の方で使われていたものらしい。それを見たとき、喉から手がでそうになるくらい欲しかった。結局、そのおじさんは手に入れたいきさつだけを自慢げに話しただけで、触らせてもくれなかった。重量感のある大きな古銭は今でも脳裏に焼き付いている。

 その他にも、こんな苦い思い出もある。弟の友達に切手に目がない子供がいた。私は大切にしていた使用済みの「月と雁」の切手と「見返り美人」の切手とで、二百円札という戦前の珍しいお札とを交換した。それまで目にしたこともないような珍しいものであった。喜び勇んで、そっとしまい込んでいた。
 ところが、喜びもつかの間、その子の親が訪ねてきて、お札を返してくれと言い始めたのだ。どうやら親に内緒で持ち出したものらしく、僕は、言い逃れの嘘をついてでも、自分のものにしておきたかった。
 しかし、嘘はつけなかった。仕方なく、交換したお札をすべて返した。戦前の二百円と言えば大変な大金だ。そんな、お札が交換したもの以外にも、たくさんあったのだから驚きである。いったい、どんないきさつから、そんな大金が使われもせず、その家に蓄えられていたのだろう。

古銭の収集も今は開店休業状態である。収集する方法もなくなったし、意欲も薄れてしまった。最近は細々と、近年発行された硬貨のセットを通信販売で買っているに過ぎない。
 また、本屋さんや百貨店といったところに展示販売されているのを見ると、欲しくなって時々買う事もある。一度に大量に手に入れることは、大変難しい時代になった。
家内の実家にあった丁銀や小粒といった江戸時代の銀貨や、一分金といった金貨などを譲って貰ったのが、まとめて収集する事の出来た最後だった。家内の実家には、他にもたくさんあったらしいのだが、ほとんどは戦時中、供出という形で国に差し出したということで、その内のわずかなものが残っていたにすぎなかった。恐らくは戦時中、こんな形で多くの古銭が失われてしまったことだろう。

私の収集として、高価なものは何もない。ありふれたものばかりである。本物かどうかは分からないが、唯一、皇朝十二銭の「寛平大宝」が私の宝物である。ちなみに、この古銭を業者に見せた事がある。ちょっと見ただけで偽物だと言った。何を根拠に言ったのか理由は明らかにしなかった。それでも売らないかと持ちかけて来た。偽物だったら、何故買おうと言ったのだろうか。明らかに、人を馬鹿にした話だった。
偽物であろうが何であろうが、私には手に入れた日の思い出がつまった大切な宝物である。

2007年5月23日
PN:もの作り 60代男性

コインの思い出

私がコインに興味を持ち出したのは確か昭和39~40年の中学か高校生の頃だったと思います。
当時、父が『月刊ボナンザ』というコインの専門誌(頌文社)を購読していたのでその影響が多分にあったのだと思います。
父は古銭を収集するのが趣味であったらしく、よく私にこれが天保一分銀でこれが嘉永一
朱銀といい銀の字のここがハネているだろう、これは潘札、これは明治時代の円銀というのだ等々よく聞かされたものでした。

私は日本の古銭より外国のコインに興味があります。

2007年4月25日
PN:匿名

私のコイン収集のきっかけ

私のコイン収集を始めるきっかけは、小学校五年生の頃に逆のぼります。偶然、コインカタログを手に入れ、(何故手に入ったかは、もう覚えていませんが)
通常使用しているお金に発行枚数というものがあることを知った事でした。
少ないこずかいを近所の駄菓子屋で全て五円、拾円玉に両替してもらい、昭和32年発行の五円、昭和三十三年発行の拾円玉を見つけていたのが昨日の事のようです。

時を重ね今になっても、昭和六十二年、昭和六十四年発行の五百円玉がないかと、両替はしないまでも発行年数を見ることがクセになっています。
でもお目当ての発行年のコインを見つけたときの感動は小学生の頃のままです。
そしてこれからも・・・・。

2007年4月25日
PN:かもQ 20代男性

コインと戯れて

昭和始の小学校の頃、父親からこれは昔のお銭だと何枚かの硬貨を貰った。
これを大切に保管していたが、相次ぐ戦争ですっかり忘れていた。
戦後何かの機会に、これを発見したのがコレクションの始めとなり、また貨幣論の講義を受けるに及び価値等の変遷を学び、その興味は倍加し楽しみながらの収集となった。
当時収集先は百貨店の文具コーナー、古銭商、地方の趣味の店古銭コーナーがあった。しかし、昭和の半ば頃には、街頭にはよく露天販売の古銭商がいたものである。
自分のサラリーに幾らかの余裕があれば、日本貨幣のカタログを見ながら1枚1枚集めたあの頃の楽しみは今も忘れられない。
あれから何十年、ある店で未発行の陶貨を買ったこと。日本の記念貨幣を発行当初から殆ど買ったこと。歌にもあった「1円玉の旅がらす」の一円玉が価値とともに変わり行く姿をよく学べたこと。等々思い出は尽きない。
特に最近のカラーコインの姿を美しさ、時代とともに変わり行くコインの姿を見ながら、終生このお付き合いは続くであろう。
貯めることに精を出さず、新コインの発行を待っている。

2007年4月25日
PN:匿名

初めて見た外国のコイン!

昭和9年10月の事だった。当時、ドイツへ15年も暮していた叔父が、東京の我が家に来訪したときの事を今もはっきりと覚えています。「ドイツって京都より遠いの?」という私は数え4歳で、世界地図でここだよといわれてもわかりません。船で1ヶ月、シベリヤ鉄道利用でも半月位といわれても良くわかりませんでした。

お土産に絵葉書やビスケット、チョコレートと一緒に、ヨーロッパ各国のお札やコインを沢山おいていきました。確か8角形のコインや銀貨も1枚ありましたが、なんと書いてあるのか、4歳の私には本当に不思議な宝物みたいで、父は大切に保管していました。

あれから60年近くになって、海外旅行に初めて出掛け各国のコインを少しずつ集め始め、時折買い求めています。これからも世界地図を見ながら、各国のコインにその国への憧れと風景を、頭の中で思い浮かべながらアラビアンナイトの様な夢のひとときに浸りたいと思っています。そして再遊の旅を願って。

2007年3月28日
PN:匿名

収集のきっかけは、東京五輪

2016年の夏季五輪開催の国内候補都市に東京が選ばれた。コイン収集は42年前の第18回五輪東京大会にさかのぼる。この日の午後、最終の聖火ランナー坂井義則君が聖火台への階段を上り始めるときに、結婚式を挙げた。東京五輪を記念して、日本最初の記念硬貨が発行された。

 その一つ、千円銀貨は人気があり、発行枚数が1千5百万枚と少なく、交換の為に長蛇の列ができた。この記念銀貨を入手したのをきっかけに、世界の五輪記念銀貨を収集することにした。確実に入手するため、泰星コインの会員になった。
1952年の五輪ヘルシンキ大会の記念銀貨。1951年銘は1万9千枚と非常に発行枚数が少なく、ドルが360円の時代で、時価が21万円。とても手が出なかった。変動相場となり、その価格が7万円と下がり、やっと入手できた。

1968年の五輪メキシコ大会ではジャンピング・インディアンの変種が出たが、コイン・クラブで確実に入手できた。また、1972年の五輪ミュンヘン大会では、ミュンヘン:D、シュツット:F、カールスルーエ:G、ハンブルグ:J、の4鋳造所から、4ミントマーク各6種計24枚もの発行があった。これも完集できた。

現在も収集を続けており、次の五輪、2008年の五輪北京大会の記念銀貨の発行を心待ちにしている。


2007年3月28日
PN:A.H. 70代男性

はじめてであったギザギザ10円玉

私がコインとであったのは、幼稚園の頃か小学校低学年の頃であったと記憶している。小遣いをもらって駄菓子屋かどこかに菓子か何かを買いに行ったとき、お釣りをもらうと10円玉の横にいつもはないはずのギザギザがあるではありませんか。これは誰でもあることかもしれませんが、その後から私はお釣りをもらうたびに10円玉の横を見るようになりました。これがコイン集めのきっかけになったと思います。

実家が商売をやっていたことも手伝って、レジを覗けば10円玉にギザギザがあるものを探していました。20数年前のことです。毎日毎日何がいいのかわからないにしても、あるかないかを確認して、夢中になって過ごしていました。だんだんと時が経ち、私も子どもから大人へとなり、10円玉もギザがあるものをだんだんと見なくなってきました。

積極的に探すこともなくなり、今はコレクションとしてしまわれていますが、すべて合わせたら千枚くらいになるでしょうか。今も良いコレクション。良い思い出がいっぱい詰まっています。それをみると、過去の素朴な集める楽しみを思い出させてくれます。

2007年3月28日
PN:おいちん

貝殻にこめられた通貨の謎

@コインをあらゆる分野で収集してゆくと、その歴史の古さ、長さに驚 かされます。
古きは、紀元前の「古文銭」までさかのぼるのだから、びっくりします。

 中でも不思議なのは「貝殻の通貨」。
刀幣なんかも、ちょくちょくコイン店やオークション、雑誌などで見かけますが、「なぜ、貝殻なのか?」がずっと子供の頃からの不思議のひ とつでした。(あ、今でも不思議ですが)
 
 普通に考えると、海まで行って貝殻を獲ってきてしまえば、それだけで物々交換としての「通貨」を拾えることになりますよね。
それとも特殊な巻貝かなんかで、海辺では簡単にみつからないものなのかとも類推してしまう...。 (;^_^A

 とにもかくにも中国切手には、この「貝殻通貨」が図案になっているので、商用として信用されていたことなのでしょう。

貨幣の歴史~あまりにも奥が深くて、驚きと新発見の日々が続きます。だから飽きのこないコレクションとして今もコレクターがいるのでしょうね。古き良き時代の古代のお金、誰が最初に考えたのだろう?

2007年2月28日
PN:貝殻通貨

昭和初期の金解禁

 私の生まれる10年前のお話です。「俺はこの世の枯れ芒(すすき)」の歌が流行した昭和初期、日本は不景気で失業者があふれ、内閣の大物政治家や三井財閥の大立て物団琢磨が暗殺される事件などがありました。昭和5年(1930年)、政府はこの経済恐慌を打開するため金解禁に踏み切り、大量の金貨を発行しました。

 商店を始めたばかりの私の亡父は、客集めに金貨を客に見せようと早速(新)二十円、五円(昭和5年銘)、十円(明治発行のもの)を各1枚ずつ両替してきました。父はコインの投資や趣味はなく、一時的に持っていたのもで、今となれば残念です。

 コイン関係の雑誌には未流通貨などと書かれていますが、現在のように銀行前に行列しなくてもいつでも両替できました。しかし国際的に円安だったこの頃は、たちまちアメリカへ流出してドル貨に改鋳されました。昭和7年(※正しくは昭和6年12月に金の輸出禁止、紙幣による金貨への兌換停止)になって解禁は中止となりました。幻の金貨と言われる7年銘の金貨はこのため国内に残ったのでしょう。むしろ6年銘の方が両替した人も殆ど無く、既存枚数は皆無に近いのではないでしょうか?

2007年2月28日
PN:匿名

私とコインとの出会いから収集へ

私が十歳頃にお年玉でもらった十銭白銅貨がコインとの出会いでした。今考えてみると、他にも五銭、一銭等のコインがあり、それぞれ表と裏面が異なっているのが面白くなり、お小遣いを使わずに袋に入れ始めたのが収集の初めだったと思われます。ですが、当時は小遣いの残った分を袋に入れる程度でした。本格的に収集を始めたのは、戦争が終わり就職してからだったと思います。

 初めは戦後発行されるコインを発行年別に五十銭、一円、五円、十円、五拾円、百円で、そのかなり後になり五百円も出て加わり、現在も集め続けております。しかし何か物足りなくなり、自分が使用したコインを集めたい、また明治以降の近代コインを集めるようになりました。ですが、明治の金貨が私の収入では手が出ず、それ以外の五銭、十銭、二十銭、五十銭、一円の銀貨を含む戦前~戦中戦後の記念貨すべてを収集しました。そして今度は世界の一般流通コインと記念貨を含め収集しているところですが、アフリカは国も多く、また入手しにくくまだ半分も集まっていません。

 取って置きのコインといえば、ドラキュラのディナール銀貨と1815年発行の皇帝ナポレオンと国王ルイ18世の同年発行の金貨セット、それにソ連が崩壊してロシアになった時のソ連とロシアの同年発行の通常コインです。

2006年1月31日
70代男性 PN:匿名

発端はお守り!!

 私が中学を卒業し、高校入試を失敗した頃、尋常小学校卒の父が慰める意味もあり、敗戦後台湾より隠し持ち出した古銭を、私に「死線を越えて来た五銭も有る」と言いながら数枚くれました。竜一円等も有り宝物として大切にしていました。

 その後小遣いを貯め、金貨を求め、日本の記念貨も求め、時折り目にするのが楽しみです。今年も私の初孫が誕生し、年金の一部で平成18年度のコインを求めています。今ではコインも特殊な加工も有り、全部を揃える事が出来ず美しく楽しめるコイン集めに頭を痛めています。今後も孫も増すので本当に楽しみにしているのです。
私が身体障害者の一級の身で求めた一枚は、東京オリンピックの千円記念銀貨でした。それも私自身が求めに行けず、近所のお姉さんに代わりに銀行へ行ってもらったのが今でも忘れることが出来ません。コインを見る毎に思い出されます。
私も来年が還暦、孫の楽しみに一枚でも多く残せたらと希望する昨今です。

2007年1月31日
60代男性 PN:一神

貧乏コインコレクター一代記

 昭和11年(幼稚園時代)頃、道路で今まで見たことのなかった大正時代発行の5厘銅貨を拾った。警察に届けなければと思いながらも、二、三軒先にあった駄菓子屋さんで小さな飴玉を買って食べてしまった。神様どうかお許し下さい。でも子供心にあのコインの美しさを今でも忘れられない。

 第2次世界大戦が始まり、小学校でも小遣いを郵便貯金し、その利子で戦車や戦闘機を造る費用に当てる運動が始まった。終戦まで約10円(当時の小遣い5~10銭/月)貯まったが、戦後のインフレで何も買えない金額になってしまった。数年後、国はインフレ利子を加算して清算したが、学用ノート2~3冊買えただけだった。また敗戦が色濃くなった昭和18年以後は、コインの質が悪化して銀貨が白銅貨→ニッケル貨→アルミ貨→錫貨になり、さらに50・10・5銭紙幣になってしまった。

 昭和38年に父が仕事でアメリカに行き、お土産に20ドルの金貨を貰った。綺麗な外国コインとの初出会いであった。今でも親の形見として、大切に保管している。

 私が住んでいた田舎町にはコイン店はない。大学生になって住んだ県都の一軒だけの宝石店の片隅に、江戸時代の寛永通宝などの穴銭が少数売られていたので、初めてコインの収集を始めた。小判などの高額品は買えなかった。

 昭和40年頃上京して浅草寺参拝に行った。その時6区の片隅に小さいコイン店(泰星交易内の郵趣部)があり、そこで岡さん(故 岡政道)が初心者の私に対しコインについて丁寧に色々30分も説明して下さった。「お金を出せば高いコインも全部買えるし、儲けるために収集する人も多くいるが、それは本当の収集家とは言えない。収集の目的はそれを発行した未知の国々の国情や人々の生活状態、そしてコインの芸術美や発行の趣旨などを理解することに尽きます。そして小遣いの範囲で、自分が気に入ったコインを買いなさい。」とお話して下さった。私はその話に感動してコインクラブの会員になりました。間もなくコイン店(泰星交易内の郵趣部)は発展して「株式会社泰星スタンプ・コイン」となり、「泰星コインマンスリー」を発刊する日本最大のコイン商として、世界各国のコイン関係の政府機関や関係団体と交流するとともに、世界や日本のコイン展にも力を注がれていることに心から祝福いたします。

 昭和60年前後に始まった経済バブルがコイン界にも波及して、明治3年の一円銀貨が10万円以上に暴騰しました。私の友人も10数万円だして4~5枚買って、儲かったと自慢していましたが、数年後にバブルが崩壊してコインの値段もバブル以前の値段になりました。友達はもう辞めたいと苦い顔をして一言呟きました。またコイン店も何軒か倒産の噂も聞きました。この期間、私は一枚も売買しませんでしたので、涼しい顔でいました。

 またこの頃から主に台湾?製の偽物が出回ってきました。私も偽物承知で貿易銀や和銅開珎などを本物市価の一割位で買って今も持っています。幕末時代の混乱期には大量の贋小判が造られ、特に田舎に多数出回っているので要注意のようです。知人の町の助役さん宅で、先祖伝来の数枚の大判・小判や甲州金を見せられ、これ本物ですかと聞かれましたが、私には鑑定能力が有りませんので分かりませんと返答しておきました。万一私が買う場合には完全な鑑定能力がある貴社から買うのが一番だと思っています。

 私が現在所有しているコインは1000枚を超えていますが、金貨も皇朝銭も小判もありません。しかし摩滅したコインを見ると、これだけ磨り減るまでには見知らぬ何百~何千いや何万~何十万人の手が触ったか知れません。どんな人達だったか、そしてコインを受け取り・手放す間にどんなドラマがあったのか、色々と空想して楽しんでいます。

 私の子供や孫達はコインにあまり興味がないようなので、私の死後にどう処分するのか分かりませんが、売るなら「泰星コイン」にと言ってあります。その節はよろしく。

2006年12月27日
70代男性 PN:匿名

記念コイン

海外で記念にコインが目につき集めています。この間私の集めたコインの中に100年前の金貨があり、泰星コイン株式会社からの今年の案内(世界の金貨)を見て、良い金貨だったことを初めて知り嬉しく思いました。自己満足です。1907年の英国ソブリン金貨 エドワード7世 (ペンダント加工されたもの)


2006年11月22日
60代女性 匿名

鉄腕アトムがきかっけ

私、4月7日(手塚治虫作品 鉄腕アトムの誕生日とされる日)生まれ。3年前の2003年、44歳の私は、手塚グッズを集め始めた。手塚治虫記念館や、東京お台場、高田馬場等、関連場所へ時々足を運んでいました。切手やテレカ、各種カード、ポストカード、フィギュア、雑誌、玩具等、かなり収集しています。広く浅く収集しているので、何かほかのアイテムを探していた頃に、アトムの記念貨幣(ミントセットとプルーフセット)が発行され、早速購入し、後に海外(シェラレオネ共和国)で発行されたアトム誕生記念コインまで購入しました。

いつもは日本の造幣局INミントセット(会場限定コインセット)と、記念プルーフを中心に収集していたので、この年をきっかけに、アニメ関係のミントやプルーフを収集し始めました。ハローキティやくまのプーさん、ドラえもん、ウルトラマンまで懐かしさもあって、手塚作品以外のところまで収集範囲が広がっています。

昨年の愛知万博でも、笹島会場では手塚治虫コスモゾーンシアターに、今年は大阪カルチャーナイトフェスティバルの上映とJR西日本のスタンプラリー等、いろいろ参加しています。

ところで、亡くなられてもう17年になりますが、手塚先生の戦争反対と平和を願う精神は、戦後61年たってもずっと持ち続け、後世に伝えていきたいと思いました。まだ、ファンクラブに入ってはいませんが、ディズニー映画に影響され、やがて漫画、アニメの巨匠になった手塚先生の作品を、今一度若い世代の人が興味をもって鑑賞し、読書してほしいです。
 
最後にコイン収集家として、ブラックジャックやジャングル大帝、バンパイヤ、どろろ、リボンの騎士等、数々の作品のスターやキャラクターの記念コインをいつしか発行されるように、造幣局や手塚プロダクションと泰星コイン関係者にお願いしたい。

2006年11月22日
40代男性 PN:アストレボーイ

思い出の東京オリンピック貨

 十歳以上も年の離れた姉に、くっつき回っていた小学生の私は、あの日もデパートについて行った。帰り、タクシーを降りる時迷いに迷った姉は、東京オリンピックの記念貨でタクシー代を支払った。今思えば、持ち合わせがなかったのであろう。
それから姉は、ことある度に、記念貨で支払ったことを後悔していると私に言った。 その時、単純に思ったことは、お金を稼げるようになったら、姉に東京オリンピックの千円貨を取り戻してやろうという漠然とした思いだった。

やがて金融機関に就職した私は、記念貨が発行される度に、姉の分まで手に入れられるようになった。でも千円貨は、今のように容易には手に入らなかった。ふと手にとった雑誌からの購入になった。額面より数倍もする東京オリンピック記念貨を2枚求めたのを機に、収集は始まった。

 間もなく結婚が決まり、嫁いですぐの私に、義父は造幣局に勤めていた頃、自分が収集していたメダルやミントセットを数十点もくれたのだ。面白いように数年で集まったあの頃、まさに私はコイン収集家になりつつあった。

2006年10月25日
PN:匿名

 

収集の醍醐味

子供の頃の趣味の始まりは、多くの人に共通すると思いますが、私にとっても東京五輪、中学二年生の時の100円記念銀貨、美しく彫られた千円記念銀貨の富士山の姿は、いつかは手に入れたいと思ったものです。

時も移り、社会人になり新婚旅行で米国西海岸へ。両替した小銭やS.C(サンフランシスコ?)古銭商で手に入れたモルガン1ドル銀貨が本格的な収集の始まりです。

私が収集を通常貨に絞っているのは次の理由からです。

1. 新しく発行されないこと。
2. 世界の歴史、国情、国力、その他がコイン、紙幣の表裏に刻まれていること。

 それからエピソードを2,3...。
1.20銭銀貨を年号揃えでアルバムに収納していて、90度傾斜打を見出したこと。
2.ロシア革命前後に、日本の大阪造幣局でロシア通貨を製造していたこと。それを自分の収集品に見出したこと。
3.日本の一朱、一分銀貨ほど同時期に発行され、、変わり種の多いものはないと思います。老眼と乱視で見えにくくなった目で、特に一朱銀貨をコイン商でチェックして一つ二つと増えていくのが楽しみです。

2006年10月25日
50代男性 PN:長江の浪費マニア

私とコイン

私は東京の原宿で生まれ、国民学校一年の時、疎開で山口県の田舎に帰り現在に至っております。終戦に近い戦況下のおり、金属類の強制供出が行われた際、祖母が家にあった古銭を供出していた記憶があります。
ある年、仏壇の小袖出しより拾数枚の孔あき銭を見つけ、その銭文がそれぞれに異なっており大切に保管しました。使用不可の銭貨を友人・知人や大人から貰い蒐めてその数弐百枚を超えました。中学生の歴史で、古墳や住居跡の発掘の折り、古銭が発見される事を学び、自分の銭貨を分類すると、銭名や金属質や大きさがそれぞれに違い、さらには国も日本・中国・満州・朝鮮・東南アジアに至る事がわかり、次第にコインに魅了されました。

その頃、泰星スタンプ・コイン(泰星コイン株式会社の前身)の世界の金貨販売の新聞広告が眼にとまり、金貨3枚を入手しました。フランス・ギリシャ・スイスでした。以降泰星さんとは会員となり、カタログ、マンスリー、各種の書籍の購入や情報・通知を得、知識の拡大になりました。

今ではジャンルを定めずに、その時その時で古銭・新貨・記念貨を、日本の記念貨は金貨を含めカラーコインに至る総てを蒐集。新寛永通寶はある程度の鑑定も出来るほど研究会で学びました。外国コインには、曰く因縁や歴史的価値のある物まで数多くを蒐集し、自分だけで悦に浸っており入手の経過を偲んでおります。

振り返れば故祖母の供出した古銭の中には小判や江戸・明治・大正の金銀貨も一緒だったことを聞き、平和であったらこんな事には・・・・、ああ~~あーー 残念。

2006年9月27日
60代男性 PN:げんこつ

 

私のコレクション

収集のきっかけは、昭和50年欧州音楽旅から帰国したら、コインがザックザック。世界中を集めてみたいというアイデアが浮かんだ。 友人の外国旅行にコインの予約をしたり、自分の外国旅行では、現地で両替をして集めた。知人が日航の乗務員の担当者だったので、年2回、瓶につまった外貨を頂いた。

こうして低額貨を集めたが、限界を感じた。泰星コインのクラブに加入して、テーマを立て、本格的に収集を開始した。
①オリンピック記念貨 ②音楽関係 ③航空・宇宙関係 ④ミントセット ...など
を厳守して、細く長く続けて現在に至っている。額は月額の上限を超えないよう制限している。展示会は大掛かりなもの3回、他の団体の行事にあわせて小規模のものを5回開いた。最近の世情を考えて、治安問題から会場、時間、PRの方法等十分注意して実施してきた。

収集を開始してから約30年間経過、コインもたまるもので日常使用できないばかりに数が多くなり、整理保管が煩雑になってきた。半年に1回、台帳と現品の照合をして確認している。

現在収集済みの国と地域は「180」になり、当初の予定よりはるかに多くなり驚いている。趣味もこの辺でストップをかけたいが、とまりそうにない。

2006年9月27日
PN:一の宮損徳

 

メダルとコインと夏の思い出

こんにちは。はじめてこのような場所をお借りして投稿をします。
それというのも、先日夏季休暇で訪れた、とあるイベントでの出来事をコイン愛好家の一人として声を大にして申し上げたいことがあったからです!

と、いいつつも私はコイン収集をはじめてから5年ほどで、まだまだ初心者です。
コインを集めるようになったきっかけのコイン...というのは特になく、コイン収集を始める以前から、テーマパークや旅行先などでよく見かける「記念メダル」を作るのが好きだったことから、コインの世界にも違和感無く入り込むことが出来ました。
その経緯が高じてか、"「コイン」と「メダル」の違い"というテーマがいつものしかかってきます。
コイン収集を始める以前まで、私は「コイン」と「メダル」が違うということを知りませんでした。ご存知のとおり、「コイン」は額面が有るもの。「メダル」は額面が無いもの。もっと言えば、「コイン」はお金として使えるけど、「メダル」は使えない。

さて、本題にもどりたいと思います。その先日訪れた某イベントにて、「コイン」を使って遊ぶコーナーがありました。
その「コイン」というのは入場するときにもらえる(「コイン」代が入場料に含まれている)もので、中にあるアトラクションはその「コイン」をつかって遊ぶことが出来るといものでした。
有る意味では、お金としての役目を果たしている(?)といえるこの「コイン」ですが、実際の「コイン」を見てみると、
まるきり「メダル」なのです!!

そう、額面が無いのですから、その「コイン」はまぎれも無い「メダル」。
「これを『コイン』と呼ぶなんて間違ってる。」私は終始そのことが気になって気になって、会場にいるおねぇさんかおにぃさんによっぽど言ってやろうかと思いました
。が、きっと夏休みのアルバイトで働いている人ばかりだろうから、メダルだコインだ薀蓄を語っても、あぁそうですかぐらいに思われて終わってしまうでしょう。しかしそれを放っておいていいのだろうか?!
と私は思うのです。(結果、言わなかったので放ってしまったわけですが。)この夏は、それだけが心残りです。
この場を借りて「コイン」と「メダル」が間違って表記されると収集家としてどれだけ気になってしまうのか、ということを申し上げさせていただきました。

"逆"に、ちゃんと「メダル」と表記されている「メダル」に出くわしたときは、とても嬉しくなります。

2006年8月23日
20代男性 PN:P

未知との遭遇

生まれてから三十余年・・・
私がコインや切手などの類と接点を持つことは、"消費税で小銭が多くなる"や"たまに出す手紙"ほどしかなかった。
確かに、幼少のころは古銭や切手に興味があった時期もあったが、それも"江戸時代のお金かぁ"ほどで、収集すると言う観点はなかったと記憶している。


先日、姪の誕生日プレゼントを何にしよう?と思いあぐねていたとき、新聞広告で"キティコイン"を発見した。今までは、キャラクターの縫ぐるみやおもちゃなど、欲しいといわれるものは何でも姪に買ってきた。しかしあまりにも芸がなく、姪の教育?にもよくないと思い考えあぐねていたわけだ。
そこで見た"キティコイン"の新聞広告。単にキティちゃんの図柄を彫刻したメダルかと思いきや、なんとユーロ通貨だと書いてある。なんでユーロコインにキティちゃん??なぞは深まるばかり。姪のプレゼントそっちのけでこの奇妙なコインを調べることにした。

まず、販売元の泰星コインのホームページを見てみる。ふむふむどうやらサンリオと泰星コインが企画して、フランス造幣局に作らせたらしい。しかもカラーだ。コインに色が塗ってあるなんて綺麗だが、なんとなく安っぽい気もする。これは実物を見てみなければと、休日にショールームに訪問する

八丁堀オフィスビルの3階にショールームはある。コインのショールームと言うと、薄暗く誇りっぽいイメージだったが、そんなイメージはショールームに入って払拭された。明るい店内、整然と並べられたコイン。そこで恐る恐る店員さんに、"キティコイン"の質問。素人の私に丁寧に"キティコイン"の生まれた経緯や他のコインについても教えていただく。もうそのころには、姪のプレゼントはこれしかない!と決めていた。実物のコインは、新聞広告やホームページの写真と違ってかなり美しく、重量感もある。気が付くと店員さんに、ゴールドとシルバーのキティコインを頼んでいた。シルバーは姪へ。ゴールドは自分へ。

購入後もショールームをくまなく見せていただき、各国から様々なコインが発行されているのだと教えていただいた。
私にとってはまさに"未知との遭遇"であったが、私は知らず知らずのうちにコインの魅力にはまってしまったようだ。今後は、新しいコインの情報を送っていただけるとのこと。"姪へお金の大切さを教える"という口実にかこつけて、私のコイン収集が始まった。

 

2006年6月28日
30代男性 PNけん

 

カラフルかつ変型もまた、楽し!


最近はすっかりカラーコインが当たり前のように各国から発行されるようになりましたね。
しかもプル-フ加工されているものが多いので、とても綺麗で華やかさも感じています。
我が国でもアジア大会などからカラーコインが発行され、人気を集めています。
 個人的には「銅貨」のあのなんともいえないサビ加減や「穴銭」特有の土や青錆、変色に時代性を感じて楽しんでいますが、ここ最近は「カラーコイン」にも興味がわいてきました感じでしょうか。
 
また、諸外国では切手については「変型切手」等が昔から発行されてきて、収集家を楽しませてくれていましたが、ここ最近、コイン界にも「変型コイン」なるものが登場しはじめて、今、注目しているところです。
(参考までに雑誌で紹介されていたものを添付して送ります。)




リベリア発行のハート形スワンコインやニウエ発行の絵画銀貨の四角形、更にはソマリア発行のギタ-型まで登場してきて、はて、コレってどうやって保管するの?という印象を受けます...。
実際、コレクターの方々はどのように保管されていらっしゃるのでしょうか?
 
 私はまだ「変型コイン」までは手を出していないので、この先、人気が出てくるようであれば集めてみようかと思案していますが...。(普通の紙製ホルダーでは保管は難しいでしょうね...)それにしても、切手界といい、コイン界も次々と色々、楽しませてくれますね。
これを機に、また切手、コインブームがやってくれば嬉しい限りです。願わくば、ジュニアのおこづかいでも買える価格で発行してほしいものですね。子供って、「モノ」を集めるのが大好きですからね!次代を担うジュニアコレクターが増えることを期待しつつ、この辺で、筆を置きたいと思います。


2006年4月26日
東京都 きょん太

 

五百円と言う単位

五百円と言う単位、10年一昔前までは、一応付加価値があった。しかし、インフレが進んだ現在においては、ちょっとした買い物をして、千円紙幣を出しても、つり銭として、五百円硬貨が戻ってくる確率がめっきり少なくなった様に思われる。
五百円という単位、少し前までは、千円同様に紙幣が流通していた事を知る人も除々に少なく成っていると思われる。種類としては、2種類発行され、通算して約30年間以上使用され続けた。そして、貨幣の新規導入とともに、巷からその姿を消していった。そして、現在では、業者とコレクター等によって大切に保管され、一般には出回らなくなってしまった。仮に、紙幣を店頭に出しても、時代の経過とともに、その紙幣の存在すら知らない年代層の者達に不要な混乱を招くだけの存在となっているのかも知らない。

最初に発行された紙幣は、表に岩倉具視、裏に富士山が印刷された、所謂"岩倉旧500円"で、昭和26年から出回ったと記録されている。そして次に発行された紙幣も、表裏に旧紙幣と同じく岩倉具視と富士山がデザインされていた、所謂"岩倉新500円:"である、図柄が多少異なり、縦と横の幅が微妙に違っていた。旧紙幣が出回ってから、約20年後の昭和44年であった。そして紙幣から貨幣への移行が始まったのは、昭和57年からである。
変更要因の一つに自動販売機の使用拡大があったと思われる。当時の技術では、紙幣の識別が不可能であった為に、紙幣から貨幣への変更が、必要だったのかも知れない。 

幣は、硬貨と違い劣化が激しい。いくら紙幣を作る技術が世界一であっても、財布の中で2つ折、3つ折にされた紙の寿命には、限界がある。コレクターでなくても、未使用の紙幣を手にする機会があれば、大切に保管して置くべきだと思う。ただ、大切に保管するのも良いが、その所在を忘れない様注意が必要である。
本題に戻るが、五百円硬貨、現在出回っている物は、これまた二代目である。
昭和57年に発行された貨幣の材質は、白銅で平成11年迄の19年間発行された。
この短い間にこの貨幣に纏わるエピソードも少なくない。毎年平均百万枚近く発行されたが、2回程、発行枚数が著しく少ない年銘がある。昭和62年銘の残存枚数は、極めて少なく、当然市場では、高値で取引されているのは間違いない。更に、幻の年銘がある。実際は、一週間だけ存在した昭和
64年銘である。これから日々更新される歴史の中で、昭和64年と明記された公的発行物は、この五百円硬貨と他に3種類の硬貨のみであると思われる。発行枚数は、約1600万枚である為、入手は、62年銘ほど困難ではない。もし、釣銭等で入手する機会があったら、大切に保管したら良いと思う。
そして、隣国の貨幣との不法両替防止等の為に新たな貨幣へと変更する事となった。材質は、黄銅で、重量が微妙に軽い。切り替えの経緯等から、発行元では、回収した旧貨幣を溶解している為に、今では、旧貨幣を手にする機会は、めっきり少なくなったと思われる上記の稀少発行枚数の二種を除いて、状態の良いものを年号毎に収集するのも楽しいかも知れない。


そして、昭和60年に発行された、2種の記念五百円硬貨、つくば国際科学技術博覧会記念・内閣制度創始100周年記念白銅貨を皮切りに続々と発行される記念貨幣を収集するのも更に楽しいと思われる。
約20枚発行されたコインを眺める事により、昭和60年から現在に至る約20年間の日本文化の流れを見つめる事が出来、自分自身のエピソードと重ね合わせる事により、この時は、どこの地でどんな事をしていた等、思い起こす事ができ、コイン収集家にとって楽しいひと時を過ごせるかも知れません。
同様に百円と言う貨幣単位、明治迄遡れば、途方もない我々には手の届かない世界の紙幣から昭和の初期の紙幣そして、昭和の末頃迄に発行された記念貨幣も含めて無理せず、自分の許容範囲で収集するのも楽しいかも知れない。
今では、付加価値の追求が支流となり、コイン収集の本題から反れている面もある。
原点に戻り、地道な収集を行うのも、一つの道かも知れないと思います。
 
 
2006年3月22日
福島県 匿名希望

私のコイン収集

 私のコイン等との出会いは戦後まもない子供の頃、それまでの補助貨幣制度が廃止になる際に2~3枚ほどもらって保存するようになったのがコイン等に興味を持つきっかけでした。

 そして、我国のコイン収集ブームのきかっけとなった昭和39年の東京オリンピック記念貨の発行の折には、朝早くから郵便局前に並んで引換、その後も記念貨発行の毎に金融機関を奔走したことは未だに忘れられない思い出です。

 昭和42年1月のある日、新聞紙上にカナダ建国100年6点セットが日本からも申込めるという記事を見つけ、外国送金の方法もわからないのに苦労して申込み、約半年後にずしりと重いプルーフライクセットが届いた時の感激は、今でもはっきり覚えています。

 又、43年8月には新聞紙上に泰星スタンプコインの広告を見つけて会員になり、以来40年近く外国の記念貨を主に集めてきました。私はアルコールには弱く、煙草も吸わないので、せめて世間の人達は煙草に費やしている位の小遣いをコイン収集に使えば、健康には良いし趣味も生かせて一石二鳥になると勝手に自己満足するとともに、折からのブームに乗せられて、外国コインだけでは物足らず、日本の記念貨から各セット類まで集めるようになりました。

 私が収集を始めた頃は「ヨーマンカタログ」の時代で、泰星スタンプコインの社長、岡政道氏の翻訳版も刊行されたので、この本を参考に収集、また泰星コインマンスリーも創刊号より揃えており、収集記録をメモするのに参考にさせて頂きました。

 


 しかし、4年ばかり前に退職して、KM番号で示される「ワールドコインカタログ」を初めて買ってビックリしました。世界中の多くの国が、切手を発行するような感覚で記念貨を発行している現状、外貨獲得が目的なのか発行枚数を極端に
少なくし、大きさや重量、形状にこだわり、また稀少金属を使ったり、プルーフ貨は当り前、最近はカラー貨に美感を競い、近いうちには芳香がしたりメロディが流れるコインは現れる日もあるのでしょうか。

 でもこの流れは収集家のニーズに合っているのでしょうか。コイン収集は「銅貨に始まり銅貨に終わる」という言葉を聞いたような気もするのですが...。
 
 
 
香川県 匿名
2006年2月22日

ドキドキの現行貨のエラー探し

 まだ、コイン収集を始めて間もなかった少年時代のエピソードですー。
当時、近代銭の穴ずれエラーなんかを入札誌で目にしては「うゎ~、すごいなぁ」
「これは珍しい!」と感じていました。
更には、議事堂5円や旧5円玉の穴ずれエラーや傾斜エラー(裏表で、角度がずれて製造されたもの)なんかも目にした事がありました。
でも、とても子供のおこずかいでは買えません...。
そこで、「現行貨ならエラーが見つかるかも!?」と普段、手にとる小銭に目を向けるようになりました。

そこからドキドキの「エラー硬貨探し」が毎日のように私の日課のようになりました。買い物で小銭のおつりを手にした時は、必ず、硬貨の裏表をこっそり確認していましたね...。
もちろん、年号もしっかりと!そうそう、お札を小銭に両替えしたりもしましたね...。

 

かなりの期間、はまっていてチェックし続けましたが、結局、エラーは見つかりませんでした。今は買い物ついでに、そこまで細かくチェックしませんが、密かに期待していたりもします。もちろん、年号もね。

子供の頃の思い出~今では笑ってしまいますが、収集家魂というのは、子供も大人
も関係なく、すごいですね。だけど、いつまでも少年のような心は持ち続けていたいなあと思っています。



2006年1月18日
東京都 ぽよん

保管のこだわり


コインの価値についてはやはりコレクターにとって気になるところです。
また収集家でないひとも興味をひかれるのではないでしょうか。
古いコインに目がとびでるほどの値段がついた話は誰でもご存知だと思います。1つ例にあげると 1804年のアメリカ1ドル銀貨には何十年か前に3万6千ドルという価格が付きそのほかにはロシアの1825年コンスタンチン皇帝1ルーブル銀貨で4万1千ドルで落札されたりと。
そのほかにはアメリカの1967年にオークションで1913年銘のアメリカの1ドル銀貨が4万6千ドルで落札、その数年後には7万7500ドルの値がつき記録を塗り替えたりと、最近は1ドル日本円で120円前後なので120円の額面の銀貨が930万という高額になったというのですから驚きです。

しかし古いコインだからといってただ単に価値があるわけではなくやはり状態が問われてきます。

 

特に古いコインは油断が出来ないもので、ケースもオリジナルじゃない物が多いため、いつまでもコインを裸のままビニールケースに入れておく事も出来ず保管に困ります。
価値が落ちてしまう事も残念ですが、自分のお気に入りのコインにシミや錆などが出来る事自体問題です。そのため私は収集と共に保管方法にもこだわりを持つようにしました。コイン収集をしながらいかに綺麗に保存するのか?というのも楽しみの一つです。

またちょっとしたコインを整頓するのにブック型のアルバムが活躍しています。コインを一目に眺めることもできはじめから上手く利用できるようになっています。 ただ注意したいのが塩化ビニルを仕様したポケットのものとなると塩素の影響でコインが駄目になってしまう恐れがあるため、保管の際の素材も注意すべきだとおもっています。そのほか長期保存に耐えられないのが紙ホルダーのビニール。
これはそのままにしておくと劣化してしまうと剥がれてしまう恐れがありこまめに取り替える必要もあります。
以前私が何枚も重ねておいたらコイン同士がぶつかりビニールが剥がれてコインが出てしまうという事件もありました。
しかし最近便利なものもあり泰星コインの店頭に足を運んだ際にプラスチック製のケースを購入しました。これは重宝しています。
出来ればもっといろいろなコイン保管グッズが出てくれると有り難いなと思っています。
これからもコイン収集と共に日々保管方法に試行錯誤しています。

記念硬貨と時代を考える

私にとっての最初の記念貨といえば、小学生の頃に目にした、家のサイドボードの引き出しに入っていた東京オリンピックの100円銀貨やそのだいぶ後に発行されたつくば博の500円硬貨でした。それらは、おそらく私の親がなんとなく取っておいたものでしょう。

瀬戸大橋開通記念や青函トンネル開通記念などの500円記念硬貨は、母親の勤め先のとなりに銀行があったので、発行した日に母が銀行の顔なじみの方から両替してもらって、帰宅後私に見せてくれました。

まだ子供だった私は、いつものお金とは違うその硬貨に、なんとなく有り難味を感じて見入っていたのを思い出します。

最近は、以前よりもお釣銭の中にあまり記念500円硬貨をみかけなくなった気がします。テレビでも、銀行両替初日の風景を放映するニュースをあまりみかけなくなった気もします。 500円という価値は通常のものと一緒という事がわかっていても、なんとなく記念硬貨にはワクワクした時とは、今はだいぶ時代が変わってしまったのかもしれません。

まして、500円硬貨が発行された当時、もしやそのうち1000円通常貨も登場するのでは?などという淡い期待をしたバブル最盛期はもう二度とは訪れない事でしょう。

それまでお馴染みの聖徳太子の1万円札も姿を消した時は、子供ながらに一抹の淋しさを感じたのを思い出します。さすがに、1万円札を取っておきはしませんでしたが、伊藤博文の千円札、岩倉具視の500円札はピン札を母からわけてもらい、取って置きました。

それらも、特に今もそれ以上の価値はないという事ですが、昭和という時代の「顔」として、重みは十分あると私は思います。

平成になってから、日本はおろか、世界中がなんとなくおかしくなっていると感じますが、さすがに戦時中のように硬貨の材質まで落としていってしまうような、恐ろしい時代にはならないでもらいたいと願う、今日この頃です。


2005年11月9日
東京都 キッコロ

紙幣は美しく、楽しい芸術品

私はコインの他に日本の紙幣も集めています。
はじめの内は、日本近代コイン中心だったのですが、紙幣も安いものから集めはじめると、だんだんとその図案にひかれていきました。「まだ、自分が生まれる前に日本で実際に使用されていたんだな~」とカタログを見るとその種類の多さに驚かされます。戦争時には「加刷された日本のお札」が遠い海の向こうの国外でも使われていた事もあったんですね。

 昔のお札は大きさも様々で、図案の精巧さにも目を奪われます。かわいい大正少額紙幣や立派な聖徳100円札。「めがね」の愛称がぴったりの改造兌換銀行券100円、あまりにも珍品で有名な大黒紙幣や裏猪10円などなど、、個性あふれる面々に興味が尽きません。


 一方で、ここ最近「工場別評価」や「記号番号別評価」がカタログに記載されるようになって、収集範囲も広がり、嬉しいやら、てんてこまいやらで、紙幣収集も終わることがありません。そして、安価な紙幣でも額縁にいれて飾ると装飾品として、お部屋にも素敵なアクセントになるのも楽しみ方のひとつでもあります。

 しかし、一番の魅力は実際に私達が昔から使っていたものだということですね。古い紙幣なんかはどんな人が使っていたんだろうとか、現行紙幣も、この先、ん十年、ん百年後には同じように、コレクターから思われるのかと思うと、現行紙幣でさえも不思議な親近感を覚えます。そんな日本紙幣をもっと沢山集めていきたいと思う今この頃です。



2005年10月12日
東京都 男性  匿名希望

メイプルリーフコイン収集

昔、友人からプレゼントとして貰った地金型金貨からはじまり、私の趣味に『コイン収集』というものが加わった。地金型金貨をくれた友人は、『コイン収集』にとても熱心に取り組んでおり、そのプレゼントは私に孫が出来たときにお祝いとして贈られてきたものだった。

とても嬉しかったのが、初めて自分の所有する金貨となった事と、その金貨には孫の生れた年号が刻まれていた事だった。それがメイプルリーフの地金型1オンスの金貨だ。今でもその金貨は大事にしており、私のコレクションの中の一番の宝だ。

元々、物を集めるのは好きだったが、残念ながら毎月毎月つぎ込めるほどの小遣いは無く、毎年発行されるメイプルリーフ金貨1オンスと、メイプルリーフカラー銀貨、メイプルリーフ銀貨未使用、その他は目を惹くコインしか購入していない。

地金型金貨と1オンスの銀貨未使用は、毎年同じ図柄なため 孫の成長とともに年号を揃えていくという事に重きをおいているが、新しいカラー銀貨の方は、図柄が様々なので毎年発行されるのが楽しみで仕方がない。

メイプルリーフ金貨は1979年から発行されて、1989年の10周年 記念時には、記念の金・銀・プラチナ貨が発行された。
1988年からはメイプルリーフ銀貨の発行が始まり、発行15周年記念時にはホログラム仕様のコインも出てきた。

コレクターの中にはカラーコインは材質の美しさを加工により損なってしまっているという見方をする方々もいるようだが、私の意見としては、いつも銀や金一色のコインが、イベント行事により特別に着飾っているように見えて楽しい。

毎年発行されるカラー記念貨は云わばお誕生日のドレスアップ、といったところだろうか。まるで孫や子供たちの姿を見るように、次はどういったコインが発行されるのか、今の私にはこの長い待ち時間も楽しみの一つになっている。

2005年09月14日
北海道 60代男性  匿名希望

外国の金貨、銀貨に魅せられて

収集のきっかけは東京オリンピックの1000円銀貨である。日本初の記念硬貨で自分と同じ年に発行されその35mmの大きさに魅せられた。その後わが国で発行された記念硬貨はミント、プル-フ全て収集した。しかし残念なのはそのデザインである。わが国の記念硬貨は外国の記念硬貨に比べはるかに見劣りがする。 自分の近くにも硬貨を収集している人は多くいるがほとんどが外国の金貨、銀貨である。たしかに外国の硬貨のデザイン、大きさはわが国の記念硬貨よりはるかにすばらしい。

今では自分も外国の金貨、銀貨に魅せられて数は少ないが収集しだした。
わが国の硬貨の鋳造技術は世界一と聞いている。今度はデザインでも世界一と言われる記念硬貨を作っていただきたい。 それこそがコインコレクタ-達の最大の願いではなかろうか。



2005年08月10日
香川県 男性 匿名希望

赤いコイン帳

私が子供の頃、折りたたまれたままのチャレンジャーと赤いコイン帳が父の手元にありました。 東京オリンピックの記念コイン、古い100円玉、など。銀行などに頼んでおくんだそうです。B6版くらいの大きさでしょうか。リーフレットは透明なビニルで6つくらいポケットがあります。丸い窓のついた厚紙にはさんだコインがポケットに挿してあるのです。入りきらないものは適当になっていました。

収集グッズの写真を拝見して、懐かしいと思いました。
 
2005年7月13日
東京都 女性 フクタアヤコ

コインとは長~いお付き合い

私がコインを集め始めたのは小学校の頃だから、収集歴は20年以上になる。当時切手の収集が流行っていた。切手には記念切手の発行があり集っていく楽しみがあった。

記念硬貨はそう頻繁には発行されないため集めにくく、あまり流行らなかった。家の物置を探してみたり、人からもらったりして細々と収集を続けた。就職してからは、海外旅行に行った知人から残ったコインをもらうことが多くなった。整理してみると30ヶ国近くになっていた。私はまだ海外旅行に行ったことがないので、全てもらったものだ。なんとも人頼みの趣味のような気もする。持っているものの中ではエリザベス女王Ⅱ世が描かれたものが多い。泰星コインで購入しようと思ったのもエリザベス女王が描かれているコインを集めようと思ったからだ。しかし、世界中の発行されるコインの中でエリザベス女王が描かれているものが多いことに驚いた。今は購入したり、海外に行った知人から分けてもらったりしている。


いつか海外旅行に行って持って帰ろうと思っているが、そのときはコインを持っていない国へ行こうと思っている。
 
2005年7月13日
広島県 男性 匿名希望

切手にも登場させて!

私は穴銭、近代銭、紙幣類の他にも、日本切手全般を収集しています。近代銭はなんといっても、銀貨が面白く、円銀等はずっしりとした重さに加えて、あの渋い輝きからくる高級感がたまりません。年号によって、希少性も集め甲斐があって楽しいですよね。紙幣もまた、しかりー。

でも、希少性があるからこそ、高価でなかなか入手出来ないところがコレクターにとって、もどかしいところなのでしょうが...。そんな貨幣類だからこそ、切手に登場してくれれば、より楽しく親しめるものになるのではないかと思います。
 
お隣り中国では、御覧のように「古銭シリーズ」が切手に登場しており、収集家の目を楽しませてくれています。
ですから、日本でも近代銭をテーマに「貨幣シリーズ」なるものをテーマにした切手を是非、発行してほしいと感じています。
日本の近代銭は金貨や貿易銀をはじめ、魅力的なものも多数、存在し、決して諸外国の貨幣に見劣りしません!切手に登場することによって、より広く、一般の人々にも身近に親しめるのではないかと思います。
高価で入手困難な貨幣、紙幣が切手で見られる!っていいと思いませんか?
ぜひ、日本切手に登場させてほしいなぁと願ってやみません。郵政公社及び、財務省関係のみなさま、御一考を!!



2005年6月08日
東京都 30代男性 アンダンテ

おばあちゃんの思い出

僕はまだ貨幣収集1年目の小学6年生です。僕には今年84歳になるおばあちゃんがいます。そのおばあちゃんは近くに住んでいるので毎週土曜か日曜に家に来て2人で出かけてました。そして貨幣収集を始めた去年の8月、そのおばあちゃんと横浜に出かけて、とあるコイン屋にたちよりました。そこでは一番欲しかった旭日五十銭銀貨と富士五十銭札をかってもらいました。大して高い物じゃありませんが、一番の宝物となっています。
 

なぜかというと、収集を始めて間もない11月にある病気で入院してしまいました。幸い命にかかわる病気ではなかったので安心していましたが、その日以来もうおばあちゃんとは一回も出かける事はなくなりました。3月に退院し今は寝たきりになっています。たまに会いに行くと数多い思い出が蘇ってきます。たとえ収集に飽きても生活に困ってもこの五十銭銀貨と富士五十銭札は絶対に手離さない
と心に誓い収集を続けています。
 


旭日五十銭銀貨(明治39年~大正6年発行)


富士桜五十銭札(政府紙幣50銭 昭和13年発行)

2005年5月11日
東京都 10代男性 じま

穴銭の山はお宝の山?

ー先日、隣町の骨董品店を何気なくのぞいたら、穴銭がまとめて売っているのを見つけました。1枚1枚見るのも大変だし、よーしとばかりに思いきって3500円程でまとめて購入してみました。和銅開珎や富本銭なんて、間違って(?)含まれていないかなぁ~なんて淡い期待を胸にしてー!



 早速、わくわく気分で家に持ち帰って、貨幣タログとにらめっこー。まず、枚数が傷物も含め、ざっと150枚くらいでした。大半が渡来銭で約20種程出てきて(書体違い含め)、寛永銭が8枚、文久通宝が2枚(文字違い)、そしてナント、漢五両と漢半両を各1枚発見しました!これにはびっくり!、当たり束だったなあと感激でした。和銅開珎こそ見当たらなかったものの、たまには当たりもあるんだなあと実感しました。


祖父母の家にはもう、何年もいっていませんが、もしかしたら物置きとかに潜んでいないかと考えてしまう今日この頃。御機嫌伺いをかねて、聞いてみようかなあなんて思っています。そんなこんなで、今、穴銭にはまっています!


2005年3月23日
東京都 30代男性 ゴン太

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ヴィクトリア・クラウン銀貨に魅せられて

私はコイン収集をはじめて約15年経ちますが、ヴィクトリア・クラウン銀貨に魅力を感じ、各国のヴィクトリア女王のコインを集め、研究しています。
イギリスの黄金時代、実に65年間も君臨したヴィクトリア女王を描いたコインは、本国および全世界の英領、英連邦に数多くみることが出来ます。

金貨、銀貨、銅貨ありで、しかもヤングタイプ、ジュビリータイプ、オールドタイプと別けられ、且つヤング型、リース型(月桂樹の葉をつけたもの)、王冠型、宝冠型、そのそれぞれにもまた、多少の差異があります。1人の女王を描いたコインで、これほどのバラエティに富んだコインを他に見ることは出来ません。その数多くあるヴィクトリア・コインの中で、全世界の収集家に最も人気があり、愛されているのがゴチックタイプの1クラウン銀貨でしょう。
ゴチック・クラウン銀貨は1847年に8,000枚、1853年に460枚のみ、プルーフ貨として発行され、卓抜な技術、芸術性、品格、美しさ、稀少性等、それぞれが相まって、世界有数の名品のひとつにあげられると思います。

私はしがないサラリーマンで、コイン収集に使えるお金が少ないので、高額なコインはありませんが、15年間のコイン収集で1番のコインはやはり、ゴチック・クラウン銀貨で、いつ見ても、その美しさに魅了され、買って良かったと思います。将来、余裕が出てきたら、今度は<ウナとライオン>の5ポンド金貨かクラウン銀貨を買いたいと考えています。



2005年1月26日
PN:Y ・T 茨城県 50代男性

キャラクターコインに提案!

私と泰星コインさんの出会いは、大好きな星の王子さまのコインが発行され、購入した事がきっかけです。絵本作者のサンテグジュペリ生誕100年を記念して発行されたカラーの銀貨で、今も絵本と一緒に部屋に飾っています。
サンテグジュペリと星の王子さまは、ユーロ導入以前、フランスの50フラン紙幣のデザインにもなっていました。フランスを旅行した際、珍しくピン札に近いお釣りをもらったので、こちらも大切にとってあります。


海外は日本と違い、紙幣はぼろぼろになるまで使用しているので、綺麗なお札に小躍りしたのを今でも覚えています。ナポレオンも夢見た「統一通貨」が実現した事は大変すばらしい事なのですが、各国まったく同じデザインのユーロ紙幣というのも、少し淋しい気がしています。
星の王子さまはその後フランスの通常貨セットにメダルで入っていますが、出来ればまたコインを発行して欲しいものです。
 


最近ではフィンランドからムーミンのコインが発行されましたが、このように物語のすばらしさがみとめられてコインになるという事はその国の『文化意識の高さ』を物語っているように思います。そこであくまでも個人的な意見ですが、日本からはこんなコインが発行されたら面白いのではないかと考えました。
それは「ゲゲゲの鬼太郎」コインです。ゲゲゲの鬼太郎」には日本に古くから伝えられる妖怪もキャラクターになっていますので、コインデザインには事欠かないのではないでしょうか?鉄腕アトムやキティちゃんのコインが発行されましたが、残念ながらいずれも日本の造幣局が発行したものではないので、是非とも、日本の造幣局から発行して頂きたいものです。

日本のコインを思い浮かべても、紙幣には偽造防止策として人物像があるのに、コインには人物が登場していません。確かに平等院鳳凰堂もすばらしいですし、富士山もこれぞ日本!の風景ですが、どこか"お堅い"イメージが...。
それとどういう訳か、日本は『日本の新しい文化』について、海外で認められて初めて認めるお国柄があるようです。是非その前に、自国から発信して頂きたいところです。

日本にも海外に負けずと楽しいコインを発行してもらいたいですね。
 
2004年12月20日
PN:うわばみ 東京都 30代女性

穴銭収集の魅力

『穴銭』といっても国内鋳造のものから、渡来銭~輸入銭まで様々なものがありますが、私は国内外問わずに、『穴銭』に沢山の魅力を感じます。

 
穴銭は「明治時代以降の近代銭」と見比べると、時代も古いものばかりですので土や錆等、汚れがみられるものが多いですよね。でも、こういった汚れが、ン百年も前に実際の商業取り引きで使用されていたんだなぁとイメージすると、その時代背景が頭に浮かんでくるようで、なんともわくわくしてきて、楽しくなります。
 
 また、付着している土や錆が彼等の時代性を物語ってくれているようで、古き良きものとしての"趣き"を感じさせてくれます。書体も様々で、微妙に違ってきたりするところも、今の貨幣と違って"手作り"のよさを実感させてくれます。
 さらに、穴銭の名称をとっても、ひとつひとつ面白く、平和や商売繁盛を込めて名付けられたようなものが多いのも面白いですよね。(太平天国や裕民通宝、永楽通宝等等)

細かい書体分類までは私には分からないのですが、貨幣カタログ掲載の範囲内でもいろいろな種類の穴銭を楽しめるところは、初心者でも十分、楽しめる収集分野でもあると思います。


より専門的に収集するとなると、予算もかかるし、もっともっと勉強しないとなりませんが、気軽に楽しむ分には貨幣カタログ掲載の分類でも十分に楽しめるところも穴銭の魅力のひとつかもしれませんね。




2004年11月19日
PN:でんちゃんjr. 東京都 30代男性

私のコイン、紙幣収集

私が記念コインに初めて出会ったのは、たしか小学4年生の頃だったと思います。
どのような形で記念コインに出会ったかというと小学4年生の時、私には母方の祖父や祖母(今も健在です)がおり、 祖母の方が昔から記念コインや古銭、紙幣、切手等を収集する事が趣味で、ある日祖母が初めて収集品を見せてくれました。

万博の記念切手や東京五輪の切手、明治時代の2銭銅貨等がたくさんあり、私はその収集品のコインの種類の多さや絵柄、切手の絵柄の美しさに心ひかれました。
その時板垣退助100円札、500円札と札幌冬季オリンピックの100円記念コインをくれました、貰った物に際立って価値は無いけれど、その時にコインを貰った時のうれしさは今でも強く覚えています。
  

私はそれからというものコイン収集を始めました、まず父方の祖父や祖母からシンガポールや中国、イギリス、フランス、イタリア、スペイン等のコインを貰いそのコインで同じものは友達と交換してネパールや香港のコインと交換したりしました。


 

一見、外国の現行コインを一枚とってみても、その国の文化や特産物、王様などの有名人を知る事ができます、更にコインや紙幣の素材を調べてみても、面白い素材を使用していたりします、コインや紙幣はその国の良さを演出しているように見えます私は現在高校生ですが、これからもずっとコインや紙幣を収集してコインと紙幣の素晴らしさを楽しみたいと思います。
皆さんもコインや紙幣収集を頑張り、楽しんで下さい!



 
2004年10月20日
PN:匿名 愛媛県 10代男性

私を育んでくれたコイン達

人其々に人生を刻めば、それなりの趣味を身に付けると思う。

その趣味を自分のものとするにはいろいろ考えられる。親 兄弟 友達から感化され最終的に自分の趣味として固定化された趣味、又は、偶然の切欠で、芽生えた趣味の芽が、いつ間にか大きな形となって現在に至っている趣味。
大きな資産を運用して趣味を拡大している人もいれば、微々たる小遣いの中から少しづつ幅を広げようとしている人もいる。人いろいろである。

私がコインに興味を持ったのは、今から40年近く前の事である。
どちらかと言うと、偶然の切欠からであった。

昭和40年代は、現在ほどコイン収集に関する情報量は多くなく、記念貨等の発行も少なく、主に、過去から現在に至る通常貨幣で年毎の発行数の少ないコインを探し求めた様に記憶している。そんな環境の中で、私を育んでくれたコインがある。元々、我が国は、銀貨が主流で金貨は、明治の初めに発行されて以降、昭和の末迄発行されることは無かったと思う。


 
私の知り得る限り記念貨として始めて発行された貨幣は、昭和32年から33年にかけて二年間の限定で発行された、現天皇陛下の御成婚を記念して発行された"鳳凰百円銀貨"だと思われます。

当時 御成婚の報道を見たいが為に、白黒テレビを購入した家庭も少なくなく、私も、小さいながら、近所の人達と一緒に、御成婚の報道をテレビで見た記憶があります。 
そして、誰にも慣れ親しんだ記念銀貨か登場したのは、それから約6年程経過した昭和39年の"東京オリンピックの記念銀貨"でした。百円 ,千円の二種類が発行され、千円銀貨の大きさは、明治時代に発行された龍一円銀貨よりも一回り小さく、ごく最近まで記念銀貨の王座の位置を締めていた。そして、通常貨幣の中で発行数の少ない二種類の貨幣がある。昭和39年発行の"稲百円銀貨"と昭和35年発行の"菊50円ニッケル貨"である。いずれも発行枚数一千万枚以下である。特に"菊50円ニッケル貨"は、その発行枚数の少なさから、一時期、異業種の企業による投機の対象となったと聞いている。

私にとって、コイン収集のスタートとして、千円銀貨、百円銀貨、五十円ニッケル貨を入手することであった。現在では、他のコインに追い越されあまり目立たない存在となった、この三種類のコインが当時のビギナー収集家の憧れの的であったと思う。そして、そのコインを切り口として、他のコインへの興味の幅が広がっていった。銀貨から、明治・大正の銀貨へと幅を広げ、そして、東京オリンピック以降に続々と発行される記念貨を追いかけ、更に、通常貨幣全般、外国発行貨幣、江戸以前の貨幣等へと拡大した。


只、資金に限度がある為に、或る程度趣味の範囲を限定しなければならい。そして、趣味を完遂する上で大切なもののひとつに、同じ趣味を持つ"友"を作ることである。しかし、これは中々難しい。私は、その友を"本"に求めた。
今は、所在不明となってしまったが、一冊の本がコイン収集の"いろは"を伝授してくれた。


その本を何度も読み返し、収集幅の絞り込み、収集時の失敗談、成功談等収集の際参考となる情報を教えてくれた。当然であるが、"質より量"を求めた時代である。"どれだけの枚数を収集した"かが、喜びの対象であった。そして今は、"量より質"を重んじている。それは、大半の収集家が歩むであろう道程であると思う。今迄に収集したコインを眺めた時に、それを入手した時の私だけの時代背景か蘇ってくる。

 

 
私の手元にある一枚のコイン、唯の金属鬼から造られ、以来現在迄、数えきれない程の人々の手に渡り、そして、その人達の人生模様を黙って見つめてきた、そのコインと一時であれ、時代を共有出来た事にひとつの運命と、愛着を感じるとともに、これからも容ある限り末永く、大切にされて欲しいと願う。

 

2004年8月20日
PN:匿名 福島県 50代男性

巨大寛永通宝出現?


○「寛永通宝」といえば、江戸時代の代表的な古銭ですよね。
 よく、銭形平次なんかが投げているあれです。

○さてこの「寛永通宝」、市場にも多数出回っていてさほど珍しいものではないようですが、ここで下記画像を御覧下さい!

 

 

 

ライターと比較してもわかるほどの、なんとも巨大な「寛永通宝」ー!!
その正体はいかに???


★そう、実はこれ、南部鉄器製の「寛永通宝」の置き物だったんですよ!
 私の中学生時代の修学旅行は「東北地方」だったのですが、たまたま訪れた南部鉄器工場で、みつけて購入したものなのです。

 当時、切手やコインに熱中していた私は、「おっ、いいものみつけたー!」とばかりに、この「寛永通宝」の置き物を購入したものでした。 


はじめのころは、文鎮代わりにしばしば利用していたものですが、大学生、社会人
になるにつれて、切手、コインブームも下火になり、この「寛永通宝」もいつしか
忘れられ、こけしや人形と共に陳列棚にほこりをかぶって、眠っていました...。


しかし、今回、御社の「コインにまつわるエピソード」の出番のために、万をじして参上したというわけです!今回の出番のために、綺麗にほこりもはらって、ピカピカになりましたが、撮影が終わると、また陳列棚に戻っていきました。
 

2004年8月20日
KAZくん 東京都 30代男性 

私の『コインギャラリー』

それまでコインのコレクションにはまったく興味がなかった私。

去年のアトム誕生記念にカラーコインが発売されたのを知り、アトムファンとしては「是非買わねば!」と勢いづいて衝動買いしたのが初めてのコレクションになった。

私にとってコインといえば、昔母親と銀行に記念ものが出たときに、両替(?)にいったのを記憶しているくらいだったから、いわゆる「お金」にカラーで図柄が描かれているというのはかなり衝撃。(現在は、それほど珍しいものではないみたいだけど・・)

手元に届くと、「これがお金?」と疑ってしまうほど、アトムが綺麗に描かれてる。
が、さてせっかく手に入れたこのコイン。
アトムファンとしてグッズの1つという感覚で買ったわけだが、日用品として使えるわけでもなし、はて、どうしようか?と考えてしまった・・・。

もともとコインコレクターというわけではないし、ときどき箱から出して眺めるだけではもったいない、もっと身近で楽しめる方法はないものか。。
 
       

 


 そうだ、「絵にしちゃおう」・・・。


適当な大きさの額を買ってきて、コインを並べて壁にかけてみると、うん、なかなかいいかも・・・。
カラーだから見栄えもするし。もっと並べたら美術館っぽいかも。

そう思ったら、もっとカラーコインがほしくなり、調べてみると結構あるもんです。(驚き)

先日、友人が子供連れで家に遊びにきた時、子供に「欲しい~!」とねだられました。
「いーでしょー♪」

モチロン、丁重におことわりしました、ごめんね。(笑)

あれ?、記念コインだし関連した記念ものを贈り物にもしてもいいかな?(と、思う私)
 
   
      


     「今度の誕生日にプレゼントするよ・・・」


先日、キティのコインが発行されるのを知った。よし、これも私の「ギャラリー」に加えなくちゃ。

今は、家の廊下の壁がちょっとした「私のギャラリー」。

絵をかけているお家はよくあるけれど、キャラクターのコインは、キャラクターだか
ら子供にもわかりやすいし、コイン(お金)だから安っぽくないところがお気に入
り。

コインもこういう楽しみ方があったとは。うーん、奥が深い・・・。

 
VOL.7 2004年6月18日
PN:くわくわ 東京都 30代女性

『幻の和銅開宝』や~い!!

私がコイン類に興味をもったのは小学3~5年生の頃でした。当時、父がよく時代劇ドラマをみていたのがきっかけで、私も古銭に興味をひくよ うになったのです。(銭形平次や水戸黄門とかですね!)
でも、まだ小学校中学年だった私は、整理整頓が苦手だったので、ある程度、整理 整頓が出来るようになったら、母から「古銭」をもらえる約束をしていました。
 

そして、とある時、ついにその日が来たのです。寛永通宝や文永通宝等等、そしてあの『和銅開宝』もその中に含まれていました。これらの「古銭」は、母が、祖母から受け継いで大切にしまってあったものでした。教科書にも載っていたあの「古銭」を手に入れたあまりの嬉しさにまわりの友達にもちょっぴり鼻高々でした。

 

そんなさなか、引っ越しをすることになり、しっかり荷造りして新居へ引っ越しをしました。でも、でもですよ、もってきたはずの「古銭」の中から、何故か『和銅開宝』だけがなくなっていたのです...。土やさびがついた「一番汚い古銭」でもあったので、どこかにほっぽらかしていたのかも知れません...。しゅん...。


もう20年以上も昔の話ですが、『和銅開宝』の評価を知った今の私は、もう少し整理整頓が出来るようになるまで、待っていればよかったな~と痛感しています。
あぁ、幻の『和銅開宝』ー!!どこにいったのやら...。以上、少年時代のはかない思い出でした。
 

2004年5月18日
PN:きゃずぴょん 東京都 30代男性

パンダ金貨との23年

今年もパンダ金貨(1/10オンス)を手に入れました。この2004年のデザインは、母パンダと幼パンダの親子での愛らしい姿です。親子パンダが描かれたのは23年目にして初めてで、微笑ましい姿が気に入りました。2004年のパンダ金貨が加わったことにより、23年分で23枚で24頭のパンダのいろいろな姿が楽しめる見応えのあるコレク
ションとなりました。

今から22年前の1982年、当時、現在よりも金価格がかなり高かったのですが、学生ながらも地金型金貨に興味を持っていました。ただ、見た感じに物足りなさを感じていました。そんな中で出会ったのがパンダ金貨でした。パンダのデザインが愛らし
く、プルーフライクの造りが美しく、毎年デザインが変わる点などに惹かれ集めるようになりました。

当時は、新宿のマイシティにあった新宿店で買うことが多く、毎年いつ発売されるか様子をたびたび見に行き、発売されるとすぐに買うようにしました。社会人となり東京を離れてからは、都内に出かけた時に、買うようにしてまし
た。そのようにしていたのですが、買うのを忘れた年が数回ありました。後で入手しようとしましたが、なかなか見つからず海外の業者からなんとか購入することができ
ました。

継続的な収集の大切さを感じさせられました。その後は、通信販売を活用し、忘れないように心がけるようになりました。パンダ金貨を購入して新しいデザインを見るたびに、バラエティの豊かさを感じさせてくれ、集めてよかったという満足
感を得ています。

デザインの変更が今後行われないと発表され、実際に2002年のパンダ金貨が2001年と同じデザインであったのを見たときは残念に思いました。この時、2001年までにちょうど20年分の収集が行えていることから、パンダ金貨の収集をここで終了しよう
かと迷いました。でも、長年の愛着といつかまたデザインの変更が再開されるのではとの期待から2002年のパンダ金貨も購入しました。

2003年、デザインが変更されたパンダ金貨を見たとき非常にうれしく思いました。そして、2004年もデザインが前年から変わり、パンダ金貨の素晴らしさを再認識させてくれました。長年同じデザインで発行されていることが魅力の貨幣もありますが、
パンダ金貨はやはり毎年デザインが変わることも大きな魅力の1つですので、今後も毎年変わることを期待したいです。来年はどんなデザインのパンダ金貨が発行されるのか今から楽しみにしています。

 

2004年4月20日
匿名希望 神奈川県 30代男性

職務特権から得た貴重な財産

それは、今から15年程前に溯る。昭和天皇が、体調をくずされ、
日を増す度毎に悪化し、その状況がテレビ等の臨時ニュースで逐一報道され、国民が、沈痛な毎日を過ごしていた事を思い起こされる。残念ながら側近等の介護もむなしく、昭和天皇は、翌年の始めに崩御なされ、年号も昭和から平成へと改められた頃であった。

私は、当時、地方の小売店の事務の責任者を行っていた。小売業では、前日の売上現金を銀行に預けると同時に、翌日にレジで使用する現金を用立て貰う。(一般には、両替資金と言っており 貨幣は50枚単位に、紙等で丸め棒状にしたもの、:棒金 紙幣は、一万円以外)小規模であった当店は、毎日 百万前後の資金を受取、各レジ毎に振り分ける作業を手作業で行っていた。

そんなある日、スタッフの一人が、急遽休んだ為に慣れない私も、両替資金の作成に駆り出された。
私は、コインに興味を持っていた為に、各レジでお客様から預かった現金の中で、記念貨や旧現行貨幣(使用は出来るが、同額の新しい貨幣が流通している貨幣 たとえば、当時では、稲百円銀貨、鳳凰百円銀貨、大型50円ニッケル貨、穴なし五円黄銅貨等)が回収されたときは、挙って私が両替して、収集品の一部とした。

当日も、黒光りした5円貨幣(一概には言えないが、概ね昭和33年以前に発行された貨幣で、日本国の国が古い漢字"國"を使用している。:楷書体)を探した。価値としては、あまり期待できないが、資金か掛からなかったから、見つかったらすぐに自分の机の中に両替用に取っておいた5円貨幣と交換した。本来であれば、年号で探せれば良いが忙しい中で、そんな事ばかりはしておれない。
いつのまにか、貨幣を手に取ると年号をみる習慣が身についていた私は、その日も何気なく500円の棒金の年号を見た。その瞬間、自分の目を疑った。存在するはずの無い年号が刻印されていた。"昭和64年"である。
厳密にいえば、昭和64年は、一週間程存在した。従って、存在しても不思議ではない。しかし、歴史上は、存在しない年号である。その他の貨幣にも存在しないか探したら、一円貨幣、五円貨幣の棒金が数本見つかった、それらは、小額である為、すぐに、両替した。

問題は、500円の棒金である。棒金をすべて両替すると、25,000円である。当時の二ヶ月の小遣以上の金額である。その為、スタッフにお願いして、その棒金を一時保管して置く様に依頼した。そして、それが私の手元に入ったのは、2ヶ月程後の事である。後日知ったことだか、10円硬貨も発行されたらしいが、残念ながら私の手元には入らなかった。恐らく貨幣は、種類と発行枚数の兼合いから、翌年の年号を当年中に製造を開始する為に起こった事だと思う。

毎日の雑務に翻弄され、"昭和64年"貨幣の収集劇はその時のみであった。

毎日、数百万の現金が右から左へ流れ、現金が唯の"物"として扱われている場で、若し時間に余裕が有ったら貨幣の年号そして紙幣の番号等をじっくり調べて、希少品を選別出来たのにと口惜しい。
しかし、数年間在籍した職場で、職務特権を利用し、趣味の拡大に寄与した事は、紛れも無い事実である。

現在は、ほとんどが機械化され、両替も自動両替機によって、また売上金の処理も機械化され、人の手による作業はほとんど無くなり、私のような経験は、昔の貴重な"噺"と成りつつあるような気かします。
収集した500円硬貨を目にする度毎に、当時の会社の有様、職場の風景、スタッフの面々、街並の風景、私の生活環境等が走馬灯の様に蘇ってきます。

 

2004年3月19日
匿名希望  福島県 50代男性

コインの魅力

コイン収集について、まだ日が浅いです。
もともとは海外旅行が好きで、帰りに使い切れなかった外国コインを
保管していたのがきっかけでした。
そのうちに、旅行先で記念貨をみつけて入手するようになりましたが、

 
昨年初めて日本で発行された冬季アジアのカラー銀貨を
新聞の広告で目にし、試しに応募してみたところ
運良く記念貨を手にすることができました。

他国のカラーコインは手元にはありませんが、見る限り大変綺麗なものが
多く魅力的です。ですが我国の最初のカラーコインも負けず劣らず
大変綺麗なものですっかり心奪われてしまいました。
 
ついこの間発行されました、奄美群島の記念貨ですが
自分で応募したものは悉く落選してしまい、
知り合い伝いにどうにかこうにか手に入れることが出来ました。
 
気合を入れて応募すると駄目という事なんでしょうか・・・
前回出した1通で当選した冬季アジアのカラー銀貨は
正に運命だったのかと今では思います。

スタートは少々遅れた収集となりましたが、旅行に続く新しい趣味として
古銭や各国いろいろなコインを少しづつコレクションに加えていくつもりです。
男の子の孫がおりますので、もう少し大きくなったら一緒に楽しめたらと思っていま
す。


2004年2月20日
匿名希望  東京都 50代女性

私とコインの出逢い

私とコインとの出逢い、それは、今から約40年近く前に溯る。

東京オリンピック開催記念として発行された千円・百円銀貨であった。
当時、父は、なけなしの小遣いから家族全員に記念貨を買い与えた。
しかし、千円貨は、父と長男のみであった。

私は、幼いながらも、千円銀貨が欲しかった、一方、兄は、コインには、一切興味をしめさず、
貰った千円貨も 机の引出しの中に入れてそのままにしてあった。兄の不在時に、
そっと兄の机の引出しをあけ千円貨を眺めていた。そんな月日が三年近く続いた。
兄も社会人となり独立した生活の場を求めて、家を出た
。残された机の引出しの中に千円貨が放置されているのを見つけた時、
「しめた、これは俺の物だ」と大切に手に取り、ちり紙に包んで、自分の机の引出しの中に移した。
これが、私のコイン収集の始りでした。

それから、私は、、学生生活を東京の地に求め、小遣いをコイン収集に充てた。
当時は、質より量を求めた。
私にとっての「取って置きのコイン」は、現在では、大幅に値下がりしてしまったが、
中華民国の蒋介石総統の生誕八十周年を記念して発行された二千円金貨です。
学校の卒業が内定し、アルバイトをして稼いだお金で学生生活の記念として
、金貨を買おうとコイン販売店を訪れ、目星を付けていた金貨を探していると、
隣に珍しい金貨が目に入った、希少価値としては、こちらの方がいいかなと、それを購入した。
今でもその判断は、間違いなかったと確信している。

裏面(表?)に描かれている二羽の鶴の彫画は、素晴らしい画である。
コインであるから同一の画が、数万枚刻印発行されているだろうが、
私にとっては、世界に一つしかない芸術作品と同様に思える。

疲れた時、収集した金貨を眺めると、疲れが抜けていく気がするのは、私だけでしょうか、
今迄に収集したコインの中から、主だったコインを目にしたとき、
それを入手した自分だけの"時代背景"が蘇って来ます。
どこの地で、どんな立場で、どんな心境で、・ ・ ・

現在は、こういう時代ですので、小遣いにも限度がありますので、
限られた原資の中から、シリーズ化された金貨を収集しています。
あと三年近くで完了する予定です。
将来は、子供に対する微々たる、財産分与としたいと考えております。


2004年1月20日
匿名希望  福島県 50代男性

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