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五百円と言う単位

五百円と言う単位、10年一昔前までは、一応付加価値があった。しかし、インフレが進んだ現在においては、ちょっとした買い物をして、千円紙幣を出しても、つり銭として、五百円硬貨が戻ってくる確率がめっきり少なくなった様に思われる。
五百円という単位、少し前までは、千円同様に紙幣が流通していた事を知る人も除々に少なく成っていると思われる。種類としては、2種類発行され、通算して約30年間以上使用され続けた。そして、貨幣の新規導入とともに、巷からその姿を消していった。そして、現在では、業者とコレクター等によって大切に保管され、一般には出回らなくなってしまった。仮に、紙幣を店頭に出しても、時代の経過とともに、その紙幣の存在すら知らない年代層の者達に不要な混乱を招くだけの存在となっているのかも知らない。

最初に発行された紙幣は、表に岩倉具視、裏に富士山が印刷された、所謂"岩倉旧500円"で、昭和26年から出回ったと記録されている。そして次に発行された紙幣も、表裏に旧紙幣と同じく岩倉具視と富士山がデザインされていた、所謂"岩倉新500円:"である、図柄が多少異なり、縦と横の幅が微妙に違っていた。旧紙幣が出回ってから、約20年後の昭和44年であった。そして紙幣から貨幣への移行が始まったのは、昭和57年からである。
変更要因の一つに自動販売機の使用拡大があったと思われる。当時の技術では、紙幣の識別が不可能であった為に、紙幣から貨幣への変更が、必要だったのかも知れない。 

幣は、硬貨と違い劣化が激しい。いくら紙幣を作る技術が世界一であっても、財布の中で2つ折、3つ折にされた紙の寿命には、限界がある。コレクターでなくても、未使用の紙幣を手にする機会があれば、大切に保管して置くべきだと思う。ただ、大切に保管するのも良いが、その所在を忘れない様注意が必要である。
本題に戻るが、五百円硬貨、現在出回っている物は、これまた二代目である。
昭和57年に発行された貨幣の材質は、白銅で平成11年迄の19年間発行された。
この短い間にこの貨幣に纏わるエピソードも少なくない。毎年平均百万枚近く発行されたが、2回程、発行枚数が著しく少ない年銘がある。昭和62年銘の残存枚数は、極めて少なく、当然市場では、高値で取引されているのは間違いない。更に、幻の年銘がある。実際は、一週間だけ存在した昭和
64年銘である。これから日々更新される歴史の中で、昭和64年と明記された公的発行物は、この五百円硬貨と他に3種類の硬貨のみであると思われる。発行枚数は、約1600万枚である為、入手は、62年銘ほど困難ではない。もし、釣銭等で入手する機会があったら、大切に保管したら良いと思う。
そして、隣国の貨幣との不法両替防止等の為に新たな貨幣へと変更する事となった。材質は、黄銅で、重量が微妙に軽い。切り替えの経緯等から、発行元では、回収した旧貨幣を溶解している為に、今では、旧貨幣を手にする機会は、めっきり少なくなったと思われる上記の稀少発行枚数の二種を除いて、状態の良いものを年号毎に収集するのも楽しいかも知れない。


そして、昭和60年に発行された、2種の記念五百円硬貨、つくば国際科学技術博覧会記念・内閣制度創始100周年記念白銅貨を皮切りに続々と発行される記念貨幣を収集するのも更に楽しいと思われる。
約20枚発行されたコインを眺める事により、昭和60年から現在に至る約20年間の日本文化の流れを見つめる事が出来、自分自身のエピソードと重ね合わせる事により、この時は、どこの地でどんな事をしていた等、思い起こす事ができ、コイン収集家にとって楽しいひと時を過ごせるかも知れません。
同様に百円と言う貨幣単位、明治迄遡れば、途方もない我々には手の届かない世界の紙幣から昭和の初期の紙幣そして、昭和の末頃迄に発行された記念貨幣も含めて無理せず、自分の許容範囲で収集するのも楽しいかも知れない。
今では、付加価値の追求が支流となり、コイン収集の本題から反れている面もある。
原点に戻り、地道な収集を行うのも、一つの道かも知れないと思います。
 
 
2006年3月22日
福島県 匿名希望

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