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私を育んでくれたコイン達

人其々に人生を刻めば、それなりの趣味を身に付けると思う。

その趣味を自分のものとするにはいろいろ考えられる。親 兄弟 友達から感化され最終的に自分の趣味として固定化された趣味、又は、偶然の切欠で、芽生えた趣味の芽が、いつ間にか大きな形となって現在に至っている趣味。
大きな資産を運用して趣味を拡大している人もいれば、微々たる小遣いの中から少しづつ幅を広げようとしている人もいる。人いろいろである。

私がコインに興味を持ったのは、今から40年近く前の事である。
どちらかと言うと、偶然の切欠からであった。

昭和40年代は、現在ほどコイン収集に関する情報量は多くなく、記念貨等の発行も少なく、主に、過去から現在に至る通常貨幣で年毎の発行数の少ないコインを探し求めた様に記憶している。そんな環境の中で、私を育んでくれたコインがある。元々、我が国は、銀貨が主流で金貨は、明治の初めに発行されて以降、昭和の末迄発行されることは無かったと思う。


 
私の知り得る限り記念貨として始めて発行された貨幣は、昭和32年から33年にかけて二年間の限定で発行された、現天皇陛下の御成婚を記念して発行された"鳳凰百円銀貨"だと思われます。

当時 御成婚の報道を見たいが為に、白黒テレビを購入した家庭も少なくなく、私も、小さいながら、近所の人達と一緒に、御成婚の報道をテレビで見た記憶があります。 
そして、誰にも慣れ親しんだ記念銀貨か登場したのは、それから約6年程経過した昭和39年の"東京オリンピックの記念銀貨"でした。百円 ,千円の二種類が発行され、千円銀貨の大きさは、明治時代に発行された龍一円銀貨よりも一回り小さく、ごく最近まで記念銀貨の王座の位置を締めていた。そして、通常貨幣の中で発行数の少ない二種類の貨幣がある。昭和39年発行の"稲百円銀貨"と昭和35年発行の"菊50円ニッケル貨"である。いずれも発行枚数一千万枚以下である。特に"菊50円ニッケル貨"は、その発行枚数の少なさから、一時期、異業種の企業による投機の対象となったと聞いている。

私にとって、コイン収集のスタートとして、千円銀貨、百円銀貨、五十円ニッケル貨を入手することであった。現在では、他のコインに追い越されあまり目立たない存在となった、この三種類のコインが当時のビギナー収集家の憧れの的であったと思う。そして、そのコインを切り口として、他のコインへの興味の幅が広がっていった。銀貨から、明治・大正の銀貨へと幅を広げ、そして、東京オリンピック以降に続々と発行される記念貨を追いかけ、更に、通常貨幣全般、外国発行貨幣、江戸以前の貨幣等へと拡大した。


只、資金に限度がある為に、或る程度趣味の範囲を限定しなければならい。そして、趣味を完遂する上で大切なもののひとつに、同じ趣味を持つ"友"を作ることである。しかし、これは中々難しい。私は、その友を"本"に求めた。
今は、所在不明となってしまったが、一冊の本がコイン収集の"いろは"を伝授してくれた。


その本を何度も読み返し、収集幅の絞り込み、収集時の失敗談、成功談等収集の際参考となる情報を教えてくれた。当然であるが、"質より量"を求めた時代である。"どれだけの枚数を収集した"かが、喜びの対象であった。そして今は、"量より質"を重んじている。それは、大半の収集家が歩むであろう道程であると思う。今迄に収集したコインを眺めた時に、それを入手した時の私だけの時代背景か蘇ってくる。

 

 
私の手元にある一枚のコイン、唯の金属鬼から造られ、以来現在迄、数えきれない程の人々の手に渡り、そして、その人達の人生模様を黙って見つめてきた、そのコインと一時であれ、時代を共有出来た事にひとつの運命と、愛着を感じるとともに、これからも容ある限り末永く、大切にされて欲しいと願う。

 

2004年8月20日
PN:匿名 福島県 50代男性

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